「消しちゃうの?」


目の前の絵しか見えていなかったから、飛び上がるほど驚いた。

次の瞬間、その声の持ち主に思い当たって、頭が真っ白になった。


「……彼方くん」


おそるおそる振り向くと、夕日を背に受けた彼方くんが真っ直ぐに私を見つめていた。


「なんで、消しちゃうの?」


もう一度くりかえす。

その視線がゆっくりと絵のほうへ動いた。


「それ……俺だろ? 俺の絵だろ」


しん、と美術室の空気が静まった。


彼方くんを縁取るピンクを帯びたオレンジ色の夕陽が、部屋の中に射し込み、私の指やキャンバスやパレットを鮮やかに染め上げる。


真っ白に染めてしまおうと思ったのに。

なにもかもなかったことにしてしまおうと思ったのに。


彼方くんが、すべてを鮮やかに照らし出してしまう。


「俺のこと……好きなの?」


彼方くんはどこか呆然としたように呟いた。


その直後にはっと口をつぐみ、「ごめん」と言った顔は、見たことがないくらいに真っ赤だった。


「ごめん……。そうだったら嬉しいな、って思ったら、口に出ちゃった」


泣きたくなる。

すべてを忘れようとしていたのに、どうして、そんなことを言うの?