地図アプリを頼りに、駅までとは反対方向に進むバスをいくつか乗り継いでたどり着いた、赤い看板の、いかにもという中華料理屋さん。
ドアを開けて、嗅覚が油まみれのにおいを吸いこむよりも、視覚がその姿をとらえるほうが先だった。
「こん、にちは」
オープンキッチンと呼ぶにはお粗末だけれど、そういうふうな造りになっている開けっ放しの厨房のなかにむかって、声をかけてみる。
さっと顔を上げた先輩と目が合った。
彼は、一瞬わたしをお客さんとして対応しかけたあとで、すぐに言葉を失ったみたいだった。
「……ど、どうも」
もういちど挨拶してみる。
先輩は怪訝そうに眉をひそめながら、状況を整理するみたいにひと息おいて、洗っていたお皿をシンクのなかに戻した。
「なんで、おまえ、ここにいんの」
「あ、ええと、おつかいを頼まれまして……」
「は? 誰に? なんの?」
「サクマ先輩という方に……ノートの?」
チ、と舌打ちをする音がたしかに聞こえた。
手を洗い、タオルで乱暴に水気をぬぐいながら、先輩が奥にいた中年男性にむかって声をかける。
「店長、電話、ちょっと貸して」
イイともダメともまだ言われていないのに、先輩はドカドカとフロアに出てくると、レジ付近に置いてある固定電話の受話器を持ち上げた。
そして、十数秒後。
「――おい、澄己。おまえ、後輩の女子たぶらかして使い走りにしてんじゃねえぞ」
もしもし、という日本の伝統的な枕詞などすっ飛ばして、いきなりそう言い放ったのだった。



