「そんなに身構えないでよ。取って食ったりなんてしないから」
「……あの、すみません、いったい」
「うん、ちょっとね、頼みたいことがあって」
このあとって予定ある?と、デートに誘うかのように甘く訊ねられた。
手慣れた感じの言い方。たぶん実際にこの人は、普段から女の子をこうして誘っているのだろうと、無粋なことを想像せずにいられない。
「もしないならさ、おつかい、頼まれてくれない?」
「え?」
おつかい?
「おつかい。――水崎昂弥のところに」
おかしな声が出てしまったのは、出てきた固有名詞がよく知っているものだったからであって。
「な、なんで、なにを、ですか」
「わはは、わかりやすく焦っちゃって、かわいいんだね」
この人が水崎先輩とどういう関係なのか定かでないけど、初対面から他人のことをからかってくるあたり、きっと友達なんだろうと思う。
類は友を呼ぶ、ということわざが頭のなかをぐるぐるまわっている。
「さては、昂弥と、ほんとにつきあってるの?」
そんなのは完全なるフェイクニュースであること、わかっているくせに、わざととぼけているみたいな顔で、その人はニンマリ笑った。
「……つきあってないって、絶対わかってますよね」
「うん、知ってる。ごめんね」
くすくす、あとを引くように小さく笑いながら、彼は一冊のノートをわたしに手渡してきたのだった。あんまり自然な動作でついつい受け取ってしまう。



