「好きな男のことでも考えたような顔してんな」
がばりと顔を上げた。その先で、にやっと笑った先輩と、ばっちり目が合った。
「顔、赤いけど」
「暗いからっ、そんなのわかんないはずですけど!」
「おまえ、なに、図星かよ」
くくっと笑った先輩の手が簡単にティラちゃんを解放する。
ゆらゆら、青い恐竜は春の夜風に数回だけ横揺れして、やがてピタリと動きを止めた。
「それ、好きなやつからもらったんだろ」
「……もうずいぶん昔のことです」
「ふうん、初恋か」
「なんっでそういうことずけずけ聞いてくるんですかね!」
「そりゃ、おもしろいから」
おもしろい、で神聖な場所を踏み荒らされたらたまったもんじゃない。
わたしとあの子――さとくんとふたりだけの、大切な記憶。
「たぶん、そいつも、おまえのこと好きだったよ」
またからかわれているだけだ。
だから、こんなのはまじめに取りあわないでおこう。
「へえ、なんの根拠があるのか知らないですけど、それはとってもうれしいですねえ」
「強欲のかたまりみたいなガキが、ティラノサウルスなんていうカッコイイもんを好きでもない女にやるわけがない」
「さとくんはそんな子じゃなかったですけどねっ」
「ふうん、さとくん、ね」
しまった。いまのは完全なる失言だ。
にやり、より一層上がった口角に、この世の悪意すべてが集結している気がする。



