「――あ」
先に気づいて声を上げたのはわたしのほうだった。
自分が生みだした大気の揺らぎを、自分の耳で感じた直後、すぐシマッタと思う。
しかし時すでに遅し、退屈そうにうつむいていた顔は、もうすでにゆっくり上がりはじめていたのだった。
「……お」
奥二重の涼しげな目元。少しつり上がったそれが、わたしの姿をとらえるなり、ほんの少しだけきゅっと細くなった。
だけど優しい微笑みをむけてくれているわけじゃない。
あの日と同じ、ちょっといじわるを含んだ顔だ。
「“阿部佳月”じゃん」
バイクのうしろに乗せてもらった日からけっこう経っている。だから、まさかきちんとフルネームを覚えられているとは思っておらず、面食らった。
ギクでもドキでもない、おかしな音が、脳と心臓の両方に鳴り響いた気がした。
水崎昂弥先輩。
ありがとうございました、おかげで無事に入学式は間に合いました、とか。
先輩だとはつゆ知らず、失礼なことを言ってしまってごめんなさい、とか。
いろいろ伝えたいと意気込んでいたくせに、いざ目の前にすると、なにをしゃべったらいいのかわからなくなってしまう。
いっこうに次の言葉を見つけられずにいるわたしに、水崎先輩は、くくっと喉を鳴らして笑った。やっぱり目尻にいくつかの薄い皺が刻まれる。
「なに、おまえ、その顔」
「えっ」
はじめて会ったときとほぼ同じことを言われて、時間がループでもしているのかとバカなことを思った。



