先輩は、きっと、ずっと、泣けないでいた。


泣けないかわりに闘いつづけていた。

自分と。自分の運命と。背負ってきた過去と。


それでも、否応なく次から次へ襲いくる、未来と。



「ちゃんと学校へ行って、夢を見つけて、好きなことをしなさい。友達とよく遊びなさい。大切な存在を、自分の手で、正しい方法で、守れるような男になりなさい。いいね」


息子の頭を優しく撫でた父が、静かに部屋を出ていく。



「こないだ……仁香さんが、自分は昂弥の妹だって、きっぱり言ってました。ねえ、先輩はもう、このおうちの、れっきとした長男なんじゃないですか」


腕のなかを泳ぐやわらかい黒髪を、もういちど強く抱きしめる。


「昂弥先輩のなかに流れる血は、誰の遺伝子を受け継いでいようと、赤くて、熱いです。それはね、水崎家の人とも、わたしとも、絶対に同じなんですよ」


「――阿部佳月」



もう二度と呼んでもらえないと思っていた。

いつもよりずいぶんかすれて、くぐもった声ごと、ぜんぶを受け止められる自分でありたい。


「ちょっと、しばらく、胸貸してろ。いま顔見たら一生許さねえから」


一生、なんていう他愛もない戯れを、当たり前にできること。

そのかけがえなさを、わたしたちはちゃんと知っている。



「昂弥先輩、生まれてきてくれて、きょうまで生きていてくれて、本当にうれしいです」



ふたりぼっちの部屋、月明かりの下で抱きあったまま、同じ味のする、同じ温度の涙を、同じ分量だけ、いっしょに流した。





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