「だって……もっと多く、できるだけ多く、先輩のこと、知りたいんです」


お兄ちゃんでもないし、侑月でもない。

まばゆく輝くふたつの月の真ん中に挟まれて、ずっと損を食ってきた、そうすることに甘んじてきた、わたしは、なんの光ももたない月だ。


だから、これからだって、もしかしたら何者にもなれないままかもしれない。


「えらい強欲だな」


だけど先輩が言ったのだ。

たまにくらい反抗してやればいいって。
気に入らないことがあるなら、そう言えばいいって。


「チョロチョロ寄ってきたと思えば、勝手に懐いて、ずうずうしいよ、おまえ」


拒絶するようなせりふだった。

それでも怯まなかったのは、ふっと目尻に現れた薄い皺たちが、そんなふうに思っていないように見えてしょうがなかったから。


「というか、これだけはシッカリ口答えさせてもらいますけど、最初に寄ってきたのは先輩のほうですからね」

「そうだったか?」

「そうですよ。忘れたんですか? 入学式の日、こっちが必死に走ってたら、いきなり」

「ああ……そうか」


大きな手が両方のポケットに吸いこまれていく。

せめて、静かに伏せられた目のなかに映るものを覗きこみたくて、追いかけたのに、夜の闇に遮られてすぐに見失ってしまった。


「そういや、そうだったな」


先輩は横顔のまま、かすかに口角を上げて小さく笑っていた。


わたしたちが出会った日を、そっと思い返しているように。

ほんの数か月前のその出来事を、 まるで、はるか遠い記憶のなかから呼び起こしてくるみたいに。