黒いバイクが視界から消えて、ようやっと、いまのわたしにはのんびりしている時間なんてないことを思い出した。
小走りで裏門のほうへ向かい、少しどきどきしながら塀のむこう側へ体を滑りこませる。
2か月前、受験の日。そして1か月前、合格発表の日。
これまではお客さんみたいな気持ちで訪れていたけど、3回目に足を踏み入れた学校の敷地内は、少しだけ親しみやすさみたいなものがある気がした。
受験の日のような殺伐とした雰囲気も、合格発表の日のはちきれそうな緊張感も、きょうはすっかり消え去り、穏やかな空気だけがゆっくり流れている。
桜の花びらが春の風に舞い、ありとあらゆる場所を桃色に彩っている。
それに包まれながら歩いているうち、知らず、真新しいローファーの足元が軽やかになっていく。
ぎりぎりに到着したおかげか、すでに人はまばらだった。下駄箱の前に貼りだされているクラス発表もすんなり確認できそうだ。
なんといっても“阿部”なので、出席番号は1番か2番から外れたことがこれまで一度もない。
1組から順に、5番目あたりまでのみ確認していく。
あった。1年4組、出席番号は相変わらず、1番だ。
急いで下駄箱を探し、まだピカピカなダークブラウンのローファーを、指定された枠のなかに突っこむ。
規則正しく並ぶ格子状の正方形にはすでに、まだ見ぬクラスメートたちの靴がぎっしり入れこまれていた。
どんなクラスなのか、どんな仲間がいるのか、期待と不安が混ざりあったような気持ち。
大切に抱きしめるように、よけいなものはふり払うように、思いきって一歩を踏みだしたところで、なにか柔らかな感触のものがつま先の下敷きになったのがわかった。
やばい、なにか、踏んだ。



