「阿部佳月」
おもいきり頬を殴られているかのような強さをもって、先輩がわたしの名前を呼ぶのが聞こえた。
フルネーム。そういえば、この人に最初に呼ばれたわたしの固有名詞は、その響きだった。
「残念なことに、おまえがどんだけ願おうと、嫌がろうと、憎もうと、なにひとつとしてなかったことにはならない」
濡れたポニーテールをぐいと引っぱられる。
いまわたしたちが腰かけている板を支える鎖どうしが、ガシャンと音を立て、限りなくゼロまで距離を近づけていた。
「どう足掻いても、おまえはもう、この世界に生まれ落ちてきたんだよ」
それはまるで、だから諦めろ、と言われているみたいで。
それでいて、諦めるな、とも言われているみたいで。
「じゃあ、わたしが生まれてきたことにも……なにか、意味は、ちゃんと、ありますか……?」
すがるように聞いた。
先輩は、わからないと、無責任なことを言った。
「意味なんて、そんな傲慢なもん、欲しがるな」
それでも、力強く、引っぱりあげられていく。
「こっちは否応なく産み落とされたんだ。ただ漠然と、堂々と、ずうずうしく、息を吸って、吐いて、生きていけばいい」



