おずおず顔を上げた先で、しっかり目が合う。口元だけでなく、目元さえも意地の悪い笑みを浮かべている。
それでも、見とれてしまうほど、美しい造形をしていると思った。
涙で濡れていたり、走っていて揺れていたり、ずっと視界が安定していなかったので気づかなかったけど。
ぜんぜん、優しい雰囲気の顔じゃない。そういう甘さは1ミリも感じられない。
それでも、どうにも見ずにはいられないような。自分でも知らないうちに意識すべてを吸いこまれてしまうような。
こういう魅力を生まれながらに携えている人というのは、世界に一定数、たしかに存在しているのだと思う。
「忘れられねえな」
彼はきっぱりと言った。
「――阿部佳月、だろ」
混乱する。声も出ないほど驚き、体が硬直してしまった。
どうして、この人が、わたしの名前を知っているの?



