ただ逃げることだけを考えて走っていた私は、廊下で美術部の顧問とぶつかったことによって止まることになった。


先生はすぐに私の様子がおかしいことに気づいたようで、汗でぐっしょりと濡れている私の顔を覗き込んだ。


「どうしたの? なにかあった?」


「……っ」


美術の授業と部活でお世話になっている芝田(しばた)先生は四十代の女性で、優しい声音が耳に届いた時には涙が零れ落ちていた。


「こっちへいらっしゃい」


先生はフラフラと歩く私を支えるようにして保健室に連れて行き、「あとでまた来るから」と言って養護教諭に私のことを託して体育館に行ってしまった。


始業式が終わるまでは保健室で休ませてもらい、再びやって来た芝田先生は私に事情を訊こうとしていたけど……。


教室から荷物を持って来てくれた先生にお礼だけ言って、結局それ以外はなにも話さずに帰宅した。


仕事で忙しい両親は家にはいなくて、学校から連絡を貰ったらしい母から電話が掛かって来たけど、「体調が悪かっただけ」と短く答えて切った。


ひとりぼっちの家の中では絶望感が大きくなっていき、ただただ涙が止まらなかった。


そして、この日をきっかけに、私は学校にあまり行けなくなってしまった──。