「クロ……」


「ごめん、待った?」


すぐ傍の時計を見ると二十時ちょうどを指していて、最後まで時間ぴったりにやってきたクロに微苦笑を零しながら首を横に振った。


「なに見てたんだ?」


「別になにも。ただなんとなく、噴水が見たくなって」


素直な気持ちとは少しだけ違う理由を口にした私に、彼は「そうか」と笑ったあとで噴水に視線を遣った。


「そういえば、毎日ここで会ってたのにちゃんと見たことがなかったな」


独り言のように言ったクロは、程なくして「あっ」と漏らした。


「千帆。ほら、見てみろ」


「え?」


彼に指差された方に視線を向けると、水面に月が小さく映っていた。


時々そよぐ風に合わせてユラユラと揺れる満月は、まるで空から落ちてきたみたいだった。


「綺麗だな。……どうせなら、もっと早く気づけたらよかった」


残念そうに笑うクロは、もうここには来ないつもりなのだろうか。


この街を去ったとしてもいつか帰ってくることがあるかもしれないと思っていたけど、彼の横顔を見ているとそんな希望は淡く色づいたあとにスッと消えた。


「今日はここで話すか」


その直後、クロが思いついたように破顔し、噴水の囲いになっている石に腰かけた。