「ママ、昨夜8時前の電話なんだったの」

出掛けに、玄関で訊ねた。

「詩月くんのお母さまから……今日は詩月がお世話になりましたと」

「わざわざっ……そんなことで。お悔やみに来てくれたのに?」

「細かいことをゴチャゴチャ言わないの。早く行きなさい。遅刻するわよ」

わたしは腑に落ちない母の返事に、首を傾げて家を出た。

街路樹の並ぶ坂道を数10メートル歩き、数筋角を曲がる。

山手の小高い丘の閑静な住宅街に私立聖諒学園はある。

外観をアール・デコ様式で統一した学舎は、高校は普通科と音楽科があり、エントランスホールを境に棟が分かれている。

そして、大学と大学院それに学生寮が、広い敷地内に建っている。


母が春先から体調を崩した祖母の看病で、たびたび祖母の家に通い始め、祖母の近くに居たほうが都合がいいと、7月半ば横浜に引っ越してきた。