湊さんがお勧めだと言ったイタリアンレストランは、待ち合わせた駅のポストから歩いて二十分ほどのところにあった。
レンガ造りのオシャレな外観。
店内は落ち着いた大人の雰囲気で、初めて来たのに、心地よさを感じた。
その理由は、客層や店内の造りのせいかもしれない。
ボックスタイプのテーブル席は、たっぷりとした広さがあり、二十席ほど設けられているようだった。
ひとつひとつの席の間には二メートル弱の高さがある壁が、そして通路との境にはレースのカーテンのような仕切りがあるため、半個室状態だ。
大きな声で騒ぎ立てている人はいない。
各々の席で静かに交わされる会話はBGMと混ざり、うるさく感じない程度の雑音が心地いい。
天蓋のようなレースをくぐると、テーブルの上にはペンダントライトが下りていた。
ステンドグラスのような色合いのライトが、ぽわんとした温かみのある優しい明かりを白いテーブルの上に届けている。
飛び込みのような状態で入ったのに、どうして名前を知っていたのか。店員さんは「一之瀬さま、いらっしゃいませ」と湊さんに頭を下げ、一番奥のテーブルに案内した。
どうやら、湊さんの名字は一之瀬というらしい。
電話をしたとき、名字をなんで教えてくれなかったんだろうと一瞬疑問にも思ったものの、確かに得体の知れない相手にフルネームは名乗らないかもしれない、とすぐに自己解決した。
名字じゃなく、名前のほうを名乗る人もいるんだろう。
さっきの藤さんだって〝湊さん〟って呼んでいたし、名前のほうが呼ばれ慣れているのかもしれない。



