「湊さん、すみません。お願いですから大人しく十分待って、それからお礼のバームクーヘン受け取ってください」
さっさとお礼を済ませて帰りたい……と思い、少し強引に話を進めた私に、湊さんは弾かれたような顔をしたあと、ははっと笑みをこぼした。
よく笑う人だな、と思う。
「そんな強引なお礼、初めてなんだけど。強制なの?」
「すみません。私の気持ち的に落ち着かないので、強制でお願いしたいんです。本当に申し訳ないんですけど、ちょっと十分だけ待っててください。今すぐ……」
そこまで言いかけた私を、湊さんが片手をあげて止める。それから、笑顔のまま言った。
「さっきの話、森野さんには通用しないの?」
「え?」
「弱い部分見せられたら聞いてあげたくなるって言ってたやつ」
「ああ、そういう女性が多いらしいって話で、私は別に……」
「お礼ってさ、お菓子じゃなくてもいいんでしょ?」
笑みを浮かべたまま聞かれて、「それはもちろん……」と頷く。
もちろん、湊さんが望むものがあるなら、可能な範囲内で用意するけれど……でも、いったいなにが欲しいんだろう。
正直、あまり高級なものをねだられても困る……そう思って眺めていると。
「だったら俺、このあとの森野さんの時間がいいかな」
湊さんが笑顔でそんなことを言うから、驚きからなにも言えなくなる。
だって、私の時間って……。
「都合悪い?」
微笑んで聞いてくる湊さんに「湊さん、仕事残してきてるでしょ」と言ったのは、藤さんだった。
見れば、真顔の藤さんがこちらを見ていて……そんな藤さんに湊さんは顔半分振り向いて眉を寄せた。
「最低限はしてきただろ。おまえが至急だって言うから、今日だって有給返上して出社したし、文句は言わせないからな」
嫌そうな声で言った湊さんに、藤さんは呆れたような顔でため息を落とし「じゃあ、俺はその辺で時間潰してるんで、終わったら連絡ください」と背中を向ける。
私抜きで進められる話をぼんやりと聞いていると、こちらを向いた湊さんが「ってことだから。夕飯、俺に付き合ってよ」とニコリと笑った。



