テーブルの上。カップを持っていた手に、湊さんの手が触れたのとどっちが速かっただろう。
耳に毒なほど色気を含んだ響きのいい声に言われ、胸がわずかに跳ねた。
手の甲に触れた指先が、なぞるようにゆっくりとそこを這うからくすぐったさを感じた。
私よりも大きくて厚みのある手。出逢って間もない人にこんな風に触れられてるのに、不思議と不快には感じなかった。
湊さんが作る雰囲気に呑まれてしまったからかもしれない。
スルッと手首の辺りまで撫でられて、びくっと肩が揺れた。
じっと見つめている先で、湊さんが微笑みを浮かべながら言う。
「紗希ちゃん。このあとの予定は? もしも、ないなら……俺に攫われてくれない?」
「……ずいぶん、物騒な誘いですね」
それだけ返すのがやっとだった。
いつもだったらいくらでも出てくる憎まれ口も拒絶の言葉も出てこない。
迷う必要なんてないはずだ。ハッキリと言われたわけじゃないけど、話の内容からして、攫われてくれない?なんていうのは、そういうことの誘いなんだろうし。
初対面の人とそんなこと、できない。
なのに……ハッキリと断れずにいると。
「失礼します」
いつの間にいたのか、店員さんが言った。
テーブルの横で軽く頭を下げた店員さんは、風船ほどのサイズの花束を湊さんに渡す。
その様子を、なんだろうと見ていると、店員さんはすぐに下がり……そして。
「急だったから花くらいしか用意できなかったけど」
テーブルの上から花束を渡される。まさか私にだとは思っていなかっただけに……パチパチと瞬きをしてから、戸惑い眉を寄せた。
だって、渡される理由が思いつかない。
大きすぎないサイズの花束は白と淡いピンクの薔薇を中心にまとめられている。
花びらの形が違うから、薔薇は薔薇でも種類の違うものが入っているようだった。
お花を包むのは、白いレースと透明なセロハン。
そのまま花嫁がブーケトスできてしまいそうなほど綺麗だった。綺麗……だけど。



