その手をアルザは握り返した。
ぎゅっと力を込め、そうして、笑う。
その笑みはもう、先刻までの困ったような笑みではない。
安心したような、くびきの取れたようなすっきりとした笑み。
アルザが立ち上がり、リーラの手をそっと引く。
つられてリーラも立ち上がった。
「さぁ、もう寝ないとな。明日は早い。王妃宮まで送ろう」
「そんな、陛下。陛下も早くお休みにならないといけませんもの。衛兵に送ってもらいます」
リーラが固辞すると、アルザは振り返り――ふいに立ち止まった。
「そうか、じゃあそのまえにひとつ」
アルザが握ったリーラの手を、ぐい、と引いた。
え、と思っている間に、リーラはアルザの腕の中にいた。
広い胸に顔をうずめたまま、何が起きたかわからずぽかんとしているリーラを、強く抱きしめ、アルザは言う。
「名を、呼んでくれ」
「……え?」
「陛下ではなく、アルザ、と」
わずかに早い心臓の音を聞きながら、リーラは両の手をそっと持ち上げる。
すこしためらい、それから思いきってその手をアルザの背にまわした。
「……アルザ」
小さく、けれどはっきりと夫の名を呼んだ。
「ありがとう、リーラ」
そう言って、アルザはそっとリーラの体をはなす。
そして太陽のように明るく笑った。
――赤毛の兄に、ひどく似た笑顔だった。
「君が、俺の妻でよかった」
その言葉を聞きながら、リーラは、この笑顔を守って生きたいと強く願った。