「お返しします」

鍵を突き返すが、彼は両手を上げ、ふざけた顔をして手の平をヒラヒラ振る。

「返却は受け付けませーん」

「合鍵って、そんな簡単に人に渡しちゃダメでしょ」

私は家族でも彼女でもないんだから。

殴られてメガネかけたくらいじゃ隠せないアザを作ったあげく、全財産を盗まれたりしたらどうするの。

この人、仕事のときはわりと慎重に動くタイプなのに、プライベートがユルすぎる。

「簡単に渡したわけじゃねーよ。マヤだから渡せるんだろ」

彼は心外だというように眉間にシワを寄せた。

「堤さんは私を信用しすぎ」

「信用してるよ。俺はあんたを半年間ずっと見てきたんだ」

じっと私を見つめる。

レンズ越しだけど、澄んだ瞳にはえも言われぬ迫力がある。

「もう! 会社でもそうだったけど、どうしてそんな言い方するの?」

「そんなって、どんな?」

「どんなって、そりゃあ、まるで……」

頭に浮かんでいた言葉があまりに恥ずかしくて、私は口走ってしまう直前で口をつぐんだ。

「まるで?」

例によって、彼は口の端をクイッと上げて楽しそうな笑みを浮かべている。

「もういい! また明日!」

私はそのまま彼の部屋を飛び出した。

――まるで、私を口説いてるみたい。

なんて、なに考えてるんだろ。

イジられている。

遊ばれている。

おちょくられている。

私は慣れなくて戸惑っているけど、彼にとってはそれだけだって、わかってるのに。

私はいつもより少し大きめにヒール音を鳴らし、最寄りの駅まで急いで歩いた。