嫌味なくらいにきちんと作られた念書だ。

私が直筆で書き込めるよう、日付と住所氏名は空欄。

彼は満面の笑顔で、いつも仕事で使っている高そうなシルバーのボールペンを私に差し出す。

逃げるつもりなど毛頭なかったけれど、まさかここまで徹底されるとも思っていなかった。

「なにか、ご不明な点でも?」

爽やかな笑顔が、今となってはとても胡散臭い。

「いいえ。明瞭かつ丁寧で、とても堤さんらしいなと思いまして」

それだけ仕事が早いのだから、それを私生活にも活かせばいいのに。

私は彼からボールペンを受け取り、いつもよりちょっと雑な字で住所と氏名を明記した。

彼に彼女ができるまで。

あるいは気が済むまで。

彼はあの夜、そう言っていた。

絶望ともとれる、明確でない期間。

「たしかにサイン、頂きました。今日はお疲れさま」

彼はニヤリと意地悪な笑みを浮かべ、書類を封筒へしまう。

これからどれくらいの期間、彼に奉仕すればよいのだろう。

願わくば、早く彼に特定の恋人を見つけてもらって、解放されたい。

しかし、女好きのする見た目と素の性格のギャップを思えば、それが簡単ではないことは明確だ。

「失礼します」

私は「20代のうちに最後の恋人を作る」という密かな夢を静かに諦めながら、帰路についた。