「今日はこの辺で失礼します……」

とりあえず彼が人間らしく暮らせる程度に環境は整えたし、食事も与えた。

今日一日、十分に働いたと思う。

早く帰ろう……もうぐったり。

私だってお腹が空いたし、明日も仕事だ。

彼には一緒に食べようと提案されたけれど、そんな時間がないほど掃除が追い付いていなかった。

水仕事をしまくったせいでさすがに手はカサカサ。

手の平の傷はますます痛む。

寝室でくつろいでいる彼に浅くお辞儀をして玄関へ向かうと、後ろから声をかけられた。

「あ、マヤ。ちょっと待って。大事なこと忘れてた」

「なんでしょうか」

まだなにかあるの?

そう言ってしまいそうなのをグッと堪え、口元だけで笑顔を作る。

堤さんは立ち上がって部屋をキョロキョロ見渡し、いつも仕事の時に使っているバッグを見つけ、その中からひとつの封筒を取り出した。

見覚えのある長3サイズの封筒には、彼が勤めるイズミ商事のロゴが入っている。

彼は中から、三つ折りにされた紙を取り出し、広げた。

そしていつも商談の契約書を作るときのような笑顔で爽やかに告げる。

「こちらの書類にサインを頂けますか?」

その紙には以下のように書かれている。

*****

堤 凛太郎 殿

念書

私・山名マヤは貴殿を理不尽に殴打した償いとして、無償で貴殿の生活における家事全般を補助・代行することをお約束いたします。
なお、これに違反した場合、貴殿が刑事告訴を行っても不服を申し立てません。


平成28年10月  日

住所

氏名

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