課長はまだ少し辛そうな顔で立ち上がり、モーゼのように人の海を割って、しかし頼りない足取りでこちらに向かってきた。
堤さんが掲げていた書類を手にして、1枚1枚目を通しながらめくってゆく。
あの契約書がなんなのか今の今までわからなかったけれど、今課長がめくるのに合わせて私にもちらりと見えた。
『ブルーメ』という文字がある。
もしかして、彼は今までブルーメに行っていたの?
この間あれだけ話し合ってダメだった契約を、取ってきたってこと?
私は無意識に繋いでいる彼の手を強く握りしめた。
「課長。これで、僕が彼女を口説いたのは営利目的ではないと認めていただけますよね?」
その質問、なに?
思ったけれど口に出せる雰囲気ではなかった。
恋愛的な要素を嗅ぎ取った女子社員たちが、軽く歓声のような悲鳴をあげる。
堤さんのセリフから察するに、斉藤課長は堤さんが自分の業績のために私を口説いていると疑っていた。
堤さんはそれが事実無根であることを証明するため、私への誠意のしるしとして、ブルーメの契約を取ってみせることを約束した……ということのようだ。
かたくなに私との関係を進展させなかったのは、その約束を果たせていなかったから。
あの日彼はどんな気持ちで『俺も好きだよ』と言ってくれたのだろう。
私は胸がいっぱいになって、手を繋がれたままふたりの動向を見守ることしかできない。



