『マヤ、今どこにいる?』
彼の声の後ろで、街の喧噪と彼のものと思われる足音が聞こえる。
彼は歩いているらしい。
「どこって、忘年会の会場だよ。ていうか堤さん今どこにいるの?」
『今ちょうど店の外』
「えっ、出張は?」
『帰ってきた。つーか今個室の外だよな。戻らずにそこにいて』
彼は一方的にそう言いつけ、電話を切った。
「ちょっ……なんなの?」
障子1枚を隔ててどの個室も忘年会で盛り上がっているやかましい廊下で、小さくぼやく。
直後、店員たちの「いらっしゃいませー」が聞こえて、トタトタ足音がこちらに向かってきた。
一週間ぶりに見る彼の姿。
なにかを睨みつけているような真剣な表情に、私の心臓が強く鼓動を打つ。
「マヤ!」
彼は私に気づき、障子のすぐ裏にうちの社員がたくさんいるにもかかわらず、大きな声で私の名を呼んだ。
よっぽど急いで来たのか、軽く息が上がっている。
「堤さん、来てくれたんだ。うちの女の子たちがお待ちかね……」
「俺は酒を飲みに来たわけじゃない。約束を果たしに来た」
「約束?」
彼は私の問いには答えずに、バッグから契約書らしきものを取り出した。
バッグを足元に置き、書類を持つ手とは反対の手で私の手を取る。
いったい彼はなにをしようというのか。
「ねえ、ちょっと。なに?」
「マヤ。愛してる」
彼はそう告げて微笑み、書類を持っているほうの手で、勢いよく障子を開けた。



