奏の転機に関わる重要な会話だと思うのに、私だけ理解できないなんて、そんなのひどいよ!
目の前にいるのは世界的バイオリニストのコンラート・ロズベルグ。
私ごときただの女子高生が言葉を交わしていいのかと、気後れしなければならないほどの巨匠なのに、イライラをぶつけてしまった。
「もう、全然分かんない!
ここは日本なんだから、日本語で話して下さい!」
日本語の分からないロズベルグに首を傾げられ、日野村先生は面食らったような顔をしてから、ワハハと声を上げて笑った。
ピアノの椅子に斜めに座る奏は、「ごめん、綾」と私の手を繋ぎ、先程の会話の内容を教えてくれる。
「ロズベルグは、ウィーンの音楽事務所の知り合いに電話していたんだ。そこはーー」
ウィーンにあるその音楽事務所とは、ヨーロッパで二番目に規模が大きく、有名な演奏家が数多く所属していて、自前のオーケストラまで抱えているらしい。
『そこで働かないか』と、奏は言われた。
ただしピアニストとしてではなく、裏方で。
楽譜を管理するライブラリアンを増員させたいそうで、『働きながらもっと音楽の勉強をしなさい』と、ロズベルグは言ってくれた。


