ひと言お礼を言いたい気持ちだけど、あ……行っちゃった。
不思議な管理人には、きっともう二度と会うことはないんだろうな……。
立ち上がると、通路の天井の丸窓から強烈な光が降り注いだ。
元の世界に戻される……そう感じながら、眩しさにぎゅっと目を瞑る。
次に開けたときには、音楽祭のステージ上に立っていた。
奏がちょうど『月の光』の最後の小節を弾き終えたところだった。
音の余韻が残る中、奏は鍵盤に置いた右手を握りしめ、泣いていた。
「弾きたいです……ピアノを……。
もう一度、夢を追いかけたいんです。
日野村先生、俺はどうしたらいいですか……」
日野村先生がロズベルグに、英語でなにかを伝えていた。
奏の言葉を英訳したのか、それとも『この子をなんとかしてやってくれないか』と頼んでいるのか、協力を求めているような雰囲気を感じた。
ロズベルグはポケットからスマホを取り出し、電話をかけ始めた。
どこかの国の誰かと、親しげな口調で会話して、通話を終えると奏の肩にポンと手を置き、話しかけた。
なにを言ったのか、私は分からない。
でも日野村先生は嬉しそうに頷いて、奏は弾かれたようにうつむいていた顔を上げ、ロズベルグに振り向いた。
驚いているように茶色の瞳を見開いて、なにかを聞き返し、ロズベルグと日野村先生が交互に奏の質問に答えていて……。


