黒い床に膝をついて伸ばした手は、すり抜けずに奏の背中を揺さぶった。
私の声に反応し、黒い顔がゆっくりとこちらに向いた。
その瞬間、頭の中に、前回聞いた管理人の声が響いてくる。
『いけません。扉から、出られなくなりますよーー』
扉の中の奏に影響を与えたら、この世界に飲み込まれて、現実世界に戻れなくなってしまう。
管理人に言われたその注意をしっかり覚えていても、それを無視した。
出られなくなってもいいと思ったのではなく、奏と一緒にここから出ようと思ったのだ。
奏を連れ出せばきっと、この部屋は消滅して扉も消える。
私は閉じ込められず、奏が切り離した想い出や夢、それを取り巻く悩みや苦しみ、情熱達を、奏の心に帰すことができるはずだ。
奏の背中に抱きついて、叫ぶように訴え続ける。
「奏、ここから出ようよ!
諦めずに、ピアノを弾こうよ!」
その直後に、体に衝撃を感じて、火花を見た。
奏が私を弾き飛ばし、床に頭を打ち付けたからだ。
仰向けに倒れた私の上に、獣のように飛び乗って襲いかかる黒い奏。
首筋に牙を立て、鋭い爪で肌を引き裂こうとしてきた。


