緩やかに美しく始まった旋律は、波打つようにうねるように大きく揺れて、複雑に絡み合い、技術的難所へと展開していく。
すると今まで楽譜に忠実に弾けていたのに、所々に遅れる音や、鳴らされない音が入り始める。
奏は自分の演奏に不快感を露わにし、顔を歪めて嫌そうに弾いていた。
右手の薬指が……と思っていることだろう。
違うよ、奏。
今、はっきりと分かった。
怪我をしているのは右手の薬指よりも、心の方だということが。
五歳の奏の演奏も、小さな手では鳴らせない音があったよ。
でも私の心は震えて、感動が込み上げた。
今の奏の演奏は、私の心を震わせてくれない。
そんなくすんだ目をして弾かないで……。
ピアノと夢から、逃げないで……。
真横で奏の演奏を聴きながら、苦しくなって服の胸元を握りしめた。
そこにはまだ鍵がぶら下がっていて、服と一緒に握りしめたら、鍵から熱と光を感じた。
この感覚は……。
目を閉じて開けると、ここは白い世界。
前回の二回とも、まずは六角形のロビーに出たのに、今回は果てしなく伸びる通路の途中に現れた。
眠ろうとしているときではなく、はっきりと起きているときに来たのも違う点。


