しかし奏は「帰らないよ」と言って芝生の上に腰を下ろし、私の手も引っ張って、肩の触れ合う隣に座らせた。
「久しぶりに日野村先生の演奏が聴きたい。
ああ見えて、かなりの演奏家なんだよ。世界で活躍できる力を持っている。
でも奥さんが難病を患っていて、この街から出られない。いや、出ないことを先生が選んだんだ」
そうなんだ……。
力を持て余しているという点が、奏と似ているね……。
午後の部が始まると、急に観客が増える。
芝生席は広々としているのに、午後の三つめの演目が終わったときには、座るスペースを探さなければならないほどに混んでいた。
それはこの音楽祭の目玉で大トリのバイオリニスト、コンラート・ロズベルグの演奏だけを聴きたい人が大勢いるせいだ。
やっぱり有名人は集客率が違うなと感心しながら、午後四つめの演目、ブラームスの『弦楽四重奏曲第二番、イ短調』を聴く。
これが終わればいよいよロズベルグだと、周囲が騒ついて、折角いい演奏をしているステージ上の演奏者が気の毒だった。


