私も立ち上がり、「斉藤綾です」と自己紹介してペコリと頭を下げた。
「君は、午前の部でピアノを弾いた子だね?
素敵な演奏だったよ。健気で一生懸命な感じがよかったな〜。初心を思い出させてくれるような演奏だった」
健気で一生懸命……それはつまり、あまりうまくはないという感想だろうか?
奏を教えていたほどの先生なら、私の演奏程度では、そう思うのも無理はない。
傷つくのではなく、褒めポイントを無理やり探してくれたことに感謝と申し訳なさを感じていたら、日野村先生はワハハと笑って奏をからかった。
「いつ日本に帰ってきたんだ?
早速、可愛い彼女まで作って。やるな〜お前」
「帰国は今年の五月です」
「なんだよ、そんなに前に帰ってきたんなら顔見せに来いよ。水臭いな。
それで、ピアノはどうなってる? こっちを拠点に演奏活動する予定か?」
かつての恩師に、奏は連絡していなかったみたい。
日野村先生は奏に留学を勧めたとき、その才能がいつか開花すると信じて疑わなかったのだろう。
その気持ちはよく分かる。
私も奏が転校してきたとき、『なんで日本に? ピアノはどうしたの?』と、信じられない気持ちになったから。


