奏 〜Fantasia for piano〜


こっそり隠れて聴きに来たつもりだろうか?

私の視力、二.〇だから、なにかを考え込んでいるような、ぼんやりとした表情までハッキリ見えているのに。


「梨奈、奏が来てる」

「え、どこ?」

「ごめん、私、行ってくるね!」


梨奈をステージに置き去りにして、ステップを駆け下り、芝生を走った。

興味ないって言ったくせに、やっぱり気になって聴きに来たんじゃない。

その天邪鬼な行動に少しムッとして、でも、かなり嬉しくなった。

「奏!」と呼びかけ、その胸に思いっきり飛びつくと、「痛いよ、綾」と文句を言われた。


「こっそり聴きに来て、こっそり帰るつもりだったの?」

「うん。見つかってしまったから、もう隠れるつもりはないよ。だから離して」


奏に抱きついている私。

「やだ。離したら帰っちゃう」と、木の幹ごと抱きしめる腕を離さなかったら、「その鍵が見たい」と言われる。

そう言われたら、離さないわけにいかない。

念のため、奏の着ているジャケットの生地を左手で握って、体を離して向かい合う。