私も行進曲は楽しくて好き。
でも奏が来てくれないショックをまだ引きずっていて、心から楽しめない。
ズボンのポケットに手を入れて、取り出したのはあの鍵。
幼い頃の奏にもらった宝物の鍵だ。
奏が見守ってくれないから、代わりにと思い持ってきた。
鈍い金色の真鍮の鍵を見つめていると、梨奈が「どこの鍵?」と聞いてきた。
「六角形のピアノ部屋の鍵……奏の心の扉を開ける鍵……」
「え?」
「あ、ううん、なんでもない。
子供の頃からの宝物なんだ。お守りみたいな感じ」
梨奈は「ふーん」と言って、興味をステージのオーケストラに戻す。
鍵を握りしめると私の耳には、軽快な行進曲ではなく、五歳の奏が弾いたドビュッシーの『月の光』が流れ出す。
キラキラして、心が震えるような音。
心の欠けた、今の奏には出せない音。
私、奏をどうすることもできなかったな……。
まだ諦めたくないけど、もうどうしていいのか分からない。
せめて、ふたりの想い出だけでも、扉の中から出してあげたいのに、それもどうやればいいのか……。


