スワロウテイル

「ただいま」

答える声のない無人の家に玲二は帰宅の挨拶をして、玄関ドアを開けた。

都内ではわりと名の知れた住宅街の中に玲二の家はあった。ごく普通の建売の2階建ての一軒家。
もちろん都内に一軒家を持つのがそれだけで大変なことであることは玲二も理解している。
けど、このあたりには驚くほど広い庭付きの和風建築やまるで宮殿のような豪邸も珍しくない。
それらの家に比べれば、ごく普通の家で玲二は暮らしていた。

由緒のありそうな姓だと言われることも多いけど、そんなこともない。両親の実家はどちらも普通のサラリーマン家庭だ。

玲二の父親の本業は大学教授だ。国際政治学だかそんなものを教えている。だけど、玲二が生まれた頃にたまたまコメンテーターとしてニュース番組に出たのをきっかけにそういう仕事もするようになった。
今ではそちらの仕事の方が比重が大きい。収入に関して言えば、8割はTV局から貰うギャラだった。

大学教授の収入だけではこの家は買えなかったし、玲二もK大付属にはきっと通えていなかっただろう。
父はとても幸運だったのだと思う。

リビングのカウンターキッチンにはデパートで買ってきたのであろうお惣菜とメモ用紙が置いてあった。
玲二はメモ用紙をつまみ上げると、さっと目を通す。

【玲二へ。今日は撮影で遅くなるから、買ってあるごはんを食べててね。 母より】

母親はつい数年前までは専業主婦だった。短大を卒業後すぐに歳の離れた父の元に嫁いできて、一年足らずの新婚生活で自分を産んだ。
そんな母は今や裕福な主婦向け雑誌の読者モデルをしている。
まだ若くそれなりに綺麗だからと母は信じているけれど、多分TVに出ている有名な教授の妻というところに価値を見出されているんじゃないかと玲二は思っていた。

だけど、ろくに楽しめなかった青春時代を取り戻すかのように生き生きとしている母に文句を言う気にもなれず、夕飯がたまにお惣菜になることくらいは我慢しようと思っていた。


TVをつけて、リビングのソファに座ってお惣菜を広げる。
TV画面の中では、男性4~5名のアイドルグループが歌って踊っている。
さして興味もないものの、広いリビングでまったく音がないのもさみしいので
玲二はなんとなしにテレビに耳を傾けていた。

高いだけあってなかなか美味しいローストビーフのサラダをつまんでいると、テーブルに置いてあったスマホが振動した。

【つばき】

取り上げて画面を確認すると、三ヶ月前から付き合っている彼女の名前が表示されていた。