みちるは憂鬱な気持ちで教室を後にした。
国立一本に絞る。それが一番費用はかからない。だけど、もし落ちてしまったら? 一年も浪人する余裕なんてない。
やっぱりバイトをするしかないか。 とはいえ、都会と違っていつでもバイトを募集しているようなお店はない。去年の夏休みにお世話になったバイト先に頼んでみようか。果たして間に合うのか。勉強と両立できるか。不安ばかりが大きくなっていく。
東京を諦めることも選択肢の一つに入れておくべきかもしれない。
みちるは大きな溜息を落とした。
昇降口で外靴に履き替えているところで、クラスメイトの佐々木さんと鈴原さんと一緒になった。
「あ、中原さん。今帰り?」
「面談とか億劫だよね〜」
二人の話に軽く相槌をうちながら、校門へと向かう。二人とも賑やかでお喋りなタイプなので、みちるとしては気が楽だった。
「あっ。ねーねー、聞きたかったんだけどさ、中原さんて五條君と付き合ってるの⁉︎」
佐々木さんの口から突然五條君の名前が飛び出してきて、みちるの胸はドキンと大きく跳ねた。
「付き合ってなんかないよ‥‥」
動揺のあまり、声がちょっと裏返った。だけど、二人はそんなことには気がつかない様子で話を続ける。
「そーなんだ! 仲良いし、美男美女でお似合いだからてっきり付き合ってるのかと思ってたよ〜」
「うんうん、私もそう思ってた〜」
「けどさ、付き合ってないなら良かった。余計なお世話かもだけど、五條君は止めといた方がいいよ〜」
一瞬、自分の耳を疑った。
佐々木さんのその言葉にみちるは完全に固まってしまった。彼女の真意がわからず、どう反応していいかわからなかったからだ。
五條君が好き、もしくはみちるが嫌い?まずはその可能性を考えてみたけど、どちらもピンとこない。
佐々木さんからも鈴原さんからも、そういう時に特有のあの悪意は感じられない。
「どうして?」
みちるは正直にそう問いかけた。
佐々木さんはあっけらかんと、芸能人の噂話でもするような調子で話し始める。
「だって、五條君て前の学校でいじめっ子だったらしいよ〜 最近、わりと噂になってるの、知らない⁉︎」
友達のいないみちるは当然のように知らなかった。
今度は鈴原さんが続ける。
「あの噂が本当なら、いじめっ子なんて可愛いもんじゃないでしょ。いじめられてた子、自殺しちゃったらしいよ。立派な加害者だよね」
「たしかに。捕まったりしないのかな?
未成年だからかな⁉︎」
その後も二人の話は続いていたけど、みちるはもうほとんど聞いていなかった。
聞きたくない話は頭が理解する前にシャットダウンしてしまう。 幼い頃に身につけた術だ。
自分の内に、ふつふつと怒りに似た感情が湧き上がってくるのを感じた。
どうして人は噂話が好きなのだろう?
曖昧な情報や適当な憶測をさも事実かのように語る。そのくせ、責任どころか罪悪感すら持たないのだ。
当人がどんな気持ちでそれを聞くかなんて考えもしない。
「ーー止めて」
「えっ⁉︎」
二人が驚いたようにみちるを見返した。
みちるは二人の顔をじっと見据えてから、静かな声で言った。
「そういう噂話、私は聞きたくないから止めてくれる?」
佐々木さんは呆気に取られた表情を、鈴原さんはわかりやすくむすっと口を引き結んだ。
「えっ⁉︎ 別にうちらが言い始めたわけじゃないよ」
「ただの世間話みたいなもんじゃん。中原さん、融通きかなすぎ‥‥」
ノリが悪い、しらけた。
二人はそう言いたげな顔だった。
噂話の一番嫌なところだ。話している方は楽しい話題を提供しているつもりで、正義なのだ。 それを咎める方が野暮だとされてしまう。
こうやって、噂は広まっていくのだ。
別にみちるは正義感を振りかざして、「陰口は良くないよ」と主張したいわけじゃない。ただ、自分は聞きたくない。それだけなのに。
国立一本に絞る。それが一番費用はかからない。だけど、もし落ちてしまったら? 一年も浪人する余裕なんてない。
やっぱりバイトをするしかないか。 とはいえ、都会と違っていつでもバイトを募集しているようなお店はない。去年の夏休みにお世話になったバイト先に頼んでみようか。果たして間に合うのか。勉強と両立できるか。不安ばかりが大きくなっていく。
東京を諦めることも選択肢の一つに入れておくべきかもしれない。
みちるは大きな溜息を落とした。
昇降口で外靴に履き替えているところで、クラスメイトの佐々木さんと鈴原さんと一緒になった。
「あ、中原さん。今帰り?」
「面談とか億劫だよね〜」
二人の話に軽く相槌をうちながら、校門へと向かう。二人とも賑やかでお喋りなタイプなので、みちるとしては気が楽だった。
「あっ。ねーねー、聞きたかったんだけどさ、中原さんて五條君と付き合ってるの⁉︎」
佐々木さんの口から突然五條君の名前が飛び出してきて、みちるの胸はドキンと大きく跳ねた。
「付き合ってなんかないよ‥‥」
動揺のあまり、声がちょっと裏返った。だけど、二人はそんなことには気がつかない様子で話を続ける。
「そーなんだ! 仲良いし、美男美女でお似合いだからてっきり付き合ってるのかと思ってたよ〜」
「うんうん、私もそう思ってた〜」
「けどさ、付き合ってないなら良かった。余計なお世話かもだけど、五條君は止めといた方がいいよ〜」
一瞬、自分の耳を疑った。
佐々木さんのその言葉にみちるは完全に固まってしまった。彼女の真意がわからず、どう反応していいかわからなかったからだ。
五條君が好き、もしくはみちるが嫌い?まずはその可能性を考えてみたけど、どちらもピンとこない。
佐々木さんからも鈴原さんからも、そういう時に特有のあの悪意は感じられない。
「どうして?」
みちるは正直にそう問いかけた。
佐々木さんはあっけらかんと、芸能人の噂話でもするような調子で話し始める。
「だって、五條君て前の学校でいじめっ子だったらしいよ〜 最近、わりと噂になってるの、知らない⁉︎」
友達のいないみちるは当然のように知らなかった。
今度は鈴原さんが続ける。
「あの噂が本当なら、いじめっ子なんて可愛いもんじゃないでしょ。いじめられてた子、自殺しちゃったらしいよ。立派な加害者だよね」
「たしかに。捕まったりしないのかな?
未成年だからかな⁉︎」
その後も二人の話は続いていたけど、みちるはもうほとんど聞いていなかった。
聞きたくない話は頭が理解する前にシャットダウンしてしまう。 幼い頃に身につけた術だ。
自分の内に、ふつふつと怒りに似た感情が湧き上がってくるのを感じた。
どうして人は噂話が好きなのだろう?
曖昧な情報や適当な憶測をさも事実かのように語る。そのくせ、責任どころか罪悪感すら持たないのだ。
当人がどんな気持ちでそれを聞くかなんて考えもしない。
「ーー止めて」
「えっ⁉︎」
二人が驚いたようにみちるを見返した。
みちるは二人の顔をじっと見据えてから、静かな声で言った。
「そういう噂話、私は聞きたくないから止めてくれる?」
佐々木さんは呆気に取られた表情を、鈴原さんはわかりやすくむすっと口を引き結んだ。
「えっ⁉︎ 別にうちらが言い始めたわけじゃないよ」
「ただの世間話みたいなもんじゃん。中原さん、融通きかなすぎ‥‥」
ノリが悪い、しらけた。
二人はそう言いたげな顔だった。
噂話の一番嫌なところだ。話している方は楽しい話題を提供しているつもりで、正義なのだ。 それを咎める方が野暮だとされてしまう。
こうやって、噂は広まっていくのだ。
別にみちるは正義感を振りかざして、「陰口は良くないよ」と主張したいわけじゃない。ただ、自分は聞きたくない。それだけなのに。



