スワロウテイル

◇◇◇

みちるが女友達との関係をうまく築けない理由の一つに恋バナの存在があった。女の子ならみんなが好きなこの話題に、みちるは全くついていけないのだ。

好きな人がいないだけならともかく、みちるには恋という感情自体がよくわからない。ずっとそうだった。だけど、最近は‥‥もしかしたらと思うことがある。

五條君の笑顔を素敵だなと思う。
彼の話を聞くのはとても楽しい。
会うといつもワクワクする。

こういう気持ちを恋と呼ぶのだろうか。

五條君がみちるに恋愛感情なんてこれっぽっちも持っていないことはわかっている。 だけど、自分も恋をしているのかもしれない。そう思うだけで、みちるの心は浮き立った。人並みの女の子になれたような気がした。


「中原さん、次どうぞ〜」

ガラッと開いた教室の扉から一人の女生徒が出てくる。田谷さん、彼女は出席番号順でみちるの一つ前にあたる。
みちるは彼女と入れ違いに教室へと入った。今日は進路相談の日だった。

「えっと‥‥中原さんは進学希望ね」

「はい」

担任の梅沢先生はまだ若い女教師だ。生徒とはフレンドリーに接するタイプ。正直、みちるはあまり得意ではない。

「うん。 東京のA大、N大あたりか。希望学部は経済学部ね。成績は十分合格圏内に入ってると思うわ。
親御さんはなんて言ってるかしら?」

みちるは言葉につまった。母親には何も話していない。あの人は娘の進路になど興味を持っていないし、聞くまでもなく金銭的な援助も望めないだろう。

「まぁいいんじゃないか‥‥と。ただ、奨学金は利用することになると思います」

「そう。でもね中原さん‥‥」

もしかしたら母親の許可など得ていないことを察したのだろうか。
普段は無神経と紙一重と言ってもいいくらいにハキハキと物を言うタイプの梅沢先生がためらうような素振りを見せた。
妙に歯切れが悪い。

「あのね‥‥私大は受験料だけでも結構な額だし、受験期間の数日の東京での滞在費用も必要だわ。 そのあたり、お母様とお話ししてる?」

要するに梅沢先生は中原家のお財布の心配をしてくれているのだ。みちるは情けなさと恥ずかしさで顔が赤くなるのを感じた。余計なお世話ですと言えないところが悲しい。それどころか、彼女の指摘は的確だった。
受験料‥‥はもちろん認識していたけど、東京への交通費と滞在費。一回分で済めばよいけど、受験日程によっては数回は東京へ出向かなくてはいかないだろう。
総額はどのくらいになるだろう。

東京に行きたい。ずっとそう思ってきたけど、現実はなかなか厳しい。 いや、違うな。自分は口ばかりで、現実から目を逸らしていたのだ。
その結果、今こうして当たり前すぎる問題にぶつかっている。

「秋には三者面談もあるし、もう一度お母様とよく相談してみてね」

その一言で話は打ち切られた。梅沢先生のにこやかな笑顔が恨めしい。
よく相談にのってくれるような親なら、そもそも子供はこんな問題で悩まないよ。みちるはそう思ったけれど、口に出せるはずもなく黙って頷いた。