◇◇◇
「あれ? 五條君⁉︎」
みちるの特等席だったその場所に今日は先客がいた。五條君は転校生で、修ととても仲が良い。少し前に修に紹介されて初めて話をした時、みちるは何故だか彼から目を逸らせなかった。五條君には不思議な引力があるのだと思う。
「あ、修のお隣さんの‥‥中原さん。どうしたの?こんなとこで。って、俺もか」
五條君はふっと口元をほころばせるようにして笑った。クールな印象の彼が見せる人懐っこい笑顔は魅力的だった。
初めて会ったときと同じく、目が惹きつけられる。
「そこ、私の特等席。いつもここで本読んだり、ぼーっとしたりしてるの」
みちるは悪戯っぽく微笑みながら、五條君の座る石段を指差した。
「へぇ。そうなんだ! 迷惑じゃなければ、特等席を一緒に使ってもいいかな?俺もここ、気に入ったから」
「‥‥うん、構わないけど‥‥」
違うクラスの男子と二人で過ごすなんて、普段のみちるなら考えられないことだ。だけど今は、もう少し五條君と一緒にいたいと思った。
「あの噂を聞いて、どんなとこなのかなって気になって来てみたんだ」
「裏道の蝶?」
「そう。 今もどこかにいるのかな?」
五條君は首を回してひっそりと静かな境内を見渡した。
もちろん視線の先に蝶はいなかった。
「本当にいるなら、すごく意地悪だと思う。ずっと探してるのに一度も姿を見せてくれないもの」
裏道の蝶を探している‥‥なんて子供じみたことを、思わず正直に話してしまったのはどうしてだろう。自分でもよくわからない。
「そっか‥‥。けど、いつかは会えるかもってずっと思っていられるのも幸せなことかもよ。 夢は夢のままにしておいた方がいいのかもしれない」
五條君はどこか遠くを見つめながら言った。その瞳にはなにも映していない。
彼の内にある深い虚無にみちるまで呑み込まれそうになって、思わずきゅっと身体を固くする。
この人は、なにを抱えているのだろう?
それはみちるには計り知れないほどに大きなものに思えた。
きっと気軽に触れてはいけないものだ。
そして、五條君が相手だと身構えることなく話ができる理由にも思い至った。
五條君はみちるになんの興味も持っていない。ただ、修の友達という記号でしか見ていない。それがかえって、心地よかった。
自惚れかもしれないけど、男女問わず町の子達はみちるを過剰に意識していた。みちるはそれが窮屈でたまらなかったのだ。
みちるはクスリと忍び笑いを漏らした。
‥‥好かれていないから仲良くしたい、
なんて可笑しいよね?だけど‥‥
興味なのか憧れなのか、自分でもうまく言い表せないけどみちるは彼に強く惹かれていた。
「五條君、東京のどのあたりに住んでたの? 私、東京の大学に行きたいなって思ってて」
五條君が話しやすいだろうと思う話題を選んだつもりだった。おそらく修の話をしていれば会話に困ることはないのだけど、なんでも修に頼りきりはダメだというみちるなりの努力の結果だった。
「世田谷区ってとこだよ。大学生がたくさん住んでる町は中野とか下北沢とかかなぁ」
五條君は話がとても上手だ。まだ見ぬ、憧れていた東京という街とそこで暮らす人々の情景が目に浮かぶようだった。
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
「あれ? 五條君⁉︎」
みちるの特等席だったその場所に今日は先客がいた。五條君は転校生で、修ととても仲が良い。少し前に修に紹介されて初めて話をした時、みちるは何故だか彼から目を逸らせなかった。五條君には不思議な引力があるのだと思う。
「あ、修のお隣さんの‥‥中原さん。どうしたの?こんなとこで。って、俺もか」
五條君はふっと口元をほころばせるようにして笑った。クールな印象の彼が見せる人懐っこい笑顔は魅力的だった。
初めて会ったときと同じく、目が惹きつけられる。
「そこ、私の特等席。いつもここで本読んだり、ぼーっとしたりしてるの」
みちるは悪戯っぽく微笑みながら、五條君の座る石段を指差した。
「へぇ。そうなんだ! 迷惑じゃなければ、特等席を一緒に使ってもいいかな?俺もここ、気に入ったから」
「‥‥うん、構わないけど‥‥」
違うクラスの男子と二人で過ごすなんて、普段のみちるなら考えられないことだ。だけど今は、もう少し五條君と一緒にいたいと思った。
「あの噂を聞いて、どんなとこなのかなって気になって来てみたんだ」
「裏道の蝶?」
「そう。 今もどこかにいるのかな?」
五條君は首を回してひっそりと静かな境内を見渡した。
もちろん視線の先に蝶はいなかった。
「本当にいるなら、すごく意地悪だと思う。ずっと探してるのに一度も姿を見せてくれないもの」
裏道の蝶を探している‥‥なんて子供じみたことを、思わず正直に話してしまったのはどうしてだろう。自分でもよくわからない。
「そっか‥‥。けど、いつかは会えるかもってずっと思っていられるのも幸せなことかもよ。 夢は夢のままにしておいた方がいいのかもしれない」
五條君はどこか遠くを見つめながら言った。その瞳にはなにも映していない。
彼の内にある深い虚無にみちるまで呑み込まれそうになって、思わずきゅっと身体を固くする。
この人は、なにを抱えているのだろう?
それはみちるには計り知れないほどに大きなものに思えた。
きっと気軽に触れてはいけないものだ。
そして、五條君が相手だと身構えることなく話ができる理由にも思い至った。
五條君はみちるになんの興味も持っていない。ただ、修の友達という記号でしか見ていない。それがかえって、心地よかった。
自惚れかもしれないけど、男女問わず町の子達はみちるを過剰に意識していた。みちるはそれが窮屈でたまらなかったのだ。
みちるはクスリと忍び笑いを漏らした。
‥‥好かれていないから仲良くしたい、
なんて可笑しいよね?だけど‥‥
興味なのか憧れなのか、自分でもうまく言い表せないけどみちるは彼に強く惹かれていた。
「五條君、東京のどのあたりに住んでたの? 私、東京の大学に行きたいなって思ってて」
五條君が話しやすいだろうと思う話題を選んだつもりだった。おそらく修の話をしていれば会話に困ることはないのだけど、なんでも修に頼りきりはダメだというみちるなりの努力の結果だった。
「世田谷区ってとこだよ。大学生がたくさん住んでる町は中野とか下北沢とかかなぁ」
五條君は話がとても上手だ。まだ見ぬ、憧れていた東京という街とそこで暮らす人々の情景が目に浮かぶようだった。
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。



