スワロウテイル

思わず、本当に何気なく、みちるはぽつりと言ってしまった。

「あの頃に戻れたらいいのに‥」

みちる自身も口にしてからはっと我に返って、 修を見た。
修の瞳が戸惑うように揺れている。その顔は傷ついたようにも怒っているようにも見える。

「なんの話だよ。 意味わかんない」

本当に意味がわからなかったのか、はぐらかされたのか、みちるには判断できなかった。
修との関係も、友達との関係も、もうあの頃のようには戻れないのだろうか。

結局みちるの余計な一言のせいで、また会話がなくなってしまった。
無言のまま、学校に到着した。

みちるは修に手を振りながら、思い出したように言った。

「あ、そーだ。昨日、また電気つけっぱなしにしてなかった⁉︎ 勿体無いからちゃんと消しなよ」

「‥‥いいんだよ。俺、明るい方がよく眠れるから」

「ふーん」

世の中にはあの煌々とした光の元で熟睡できる人間もいるのか‥‥真っ暗じゃなきゃ眠れないみちるには理解しがたかった。

「じゃ、俺行くから」

「うん、バイバイ」

みちるが修の背中を見送っていると、修がはたと立ち止まりこちらを振り返った。

「あのさ、勉強頑張ってんの偉いと思うけど‥‥あんまり無理し過ぎんなよ。
って、うちの母親が心配してた!」

修は早口に言うと、逃げるように自分の教室へと走っていった。
修とは長い付き合いだ。最後の一言が照れ隠しなことくらい、みちるにはわかる。

大の苦手の古文の授業中。淡々と教科書を読み上げる国語教師の声は呪いの言葉にしか聞こえなかった。
みちるの思考は過去へ過去へと遡っていく。


「金髪だぁ〜ガイジン、ガイジン」

みちるの色素の薄い髪を指差して、囃し立てるように言ったのは二つ年上の近所のガキ大将。
父親がわからない以上、違うと反論することもできないみちるはいつも俯いて嵐が過ぎ去るのを待っていた。

「みちる、本当にガイジンなのかなぁ‥‥」
「別にガイジンでもいいじゃん。みちるの髪の毛、すっげー綺麗だもん!」

そう言って、修はまるで自分のことのように自慢気に胸をはった。
胸がふんわりと温かくなって、大嫌いだった自分の髪の毛をちょっと好きになった。
それ以来、みちるは髪を伸ばし始めた。

思えば、修はいつもみちるを肯定してくれていた。おかしな色合いの髪も瞳も綺麗だと言ってくれたし、あまり洋服を持っていなくて同じブラウスばかり着ていたことも「それが一番よく似合ってる」と笑ってくれた。

これまでどれだけ、修の言葉に救われてきただろう。