「これ、佳子先生から。お昼ごはんに二人で食べなさいって」
修の目の前に、卵とハムのサンドイッチがのった大皿を両手で抱えたみちるが立っていた。
佳子先生というのは修の母親のことだ。小学生の頃にみちるの担任をしたことがあるから、いまだにみちるはそう呼んでいた。
「‥‥みちる。来てたんだ、気づかなかった」
修は言いながら、みちるを部屋に入れた 。教科書やら漫画やらで若干散らかっているが、仕方ない。
折りたたみ式の小さなテーブルの上にみちるが持ってきてくれたサンドイッチを置き、向かい合う形で腰を下ろす。
「いただきます」
みちるは胸の前で小さく手を合わせてから、サンドイッチに手を伸ばす。
修もこぼれそうなほどにたっぷりと卵の入ったそれにかぶりついた。
「佳子先生に相談があって少し前にきたんだけど、修は寝てるって桃子ちゃんが言うから声かけなかったの」
みちるがうちに来た理由を説明し始める。
「相談?」
「うん、進路の話。奨学金のこと教えてもらおうと思って」
みちるの家は父親がいない。離婚や死別ではなく、最初からいない。
おまけに母親の涼子は金遣いが荒いようで、家計はいつも苦しそうだった。
進学するには奨学金をもらわざるをえないんだろう。
修は口いっぱいに詰めたサンドイッチが喉を通るのを待ってから、みちるに問いかけた。
「大学、決めた?‥‥東京?」
その言葉は口にすると、ずんと重みを増した。急に答えを聞くのが怖くなって、「なんて余計なことを言うんだ」と少し前の自分を叱責したいような気持ちになった。
みちるはじっと修を見つめた。長い睫毛がかすかに震え、ほんの一瞬だけ大きな瞳が傷ついた小動物のように不安げに揺れた。
「みちるーー?」
修が声をかけて顔を覗き込むと、みちるはいつものクールな表情に戻っていた。
「うん。私は東京に行きたい。東京に行く」
ーートウキョウ ニ イク
多分そうだろうなと思っていた。修の予想通りの回答。 それなのに、修の耳にはみちるの言葉は知らない異国の言葉のように聞こえた。
やっぱりみちるはこの町を出ていってしまう。どこか遠くへ飛んでいってしまう。
進学で別々の道へ進む。大人になる過程で誰もが経験することだ。
それなのに、どうして自分はこんなにも怖がっているんだろう。
大人になりきれないんだろう。
修の目の前に、卵とハムのサンドイッチがのった大皿を両手で抱えたみちるが立っていた。
佳子先生というのは修の母親のことだ。小学生の頃にみちるの担任をしたことがあるから、いまだにみちるはそう呼んでいた。
「‥‥みちる。来てたんだ、気づかなかった」
修は言いながら、みちるを部屋に入れた 。教科書やら漫画やらで若干散らかっているが、仕方ない。
折りたたみ式の小さなテーブルの上にみちるが持ってきてくれたサンドイッチを置き、向かい合う形で腰を下ろす。
「いただきます」
みちるは胸の前で小さく手を合わせてから、サンドイッチに手を伸ばす。
修もこぼれそうなほどにたっぷりと卵の入ったそれにかぶりついた。
「佳子先生に相談があって少し前にきたんだけど、修は寝てるって桃子ちゃんが言うから声かけなかったの」
みちるがうちに来た理由を説明し始める。
「相談?」
「うん、進路の話。奨学金のこと教えてもらおうと思って」
みちるの家は父親がいない。離婚や死別ではなく、最初からいない。
おまけに母親の涼子は金遣いが荒いようで、家計はいつも苦しそうだった。
進学するには奨学金をもらわざるをえないんだろう。
修は口いっぱいに詰めたサンドイッチが喉を通るのを待ってから、みちるに問いかけた。
「大学、決めた?‥‥東京?」
その言葉は口にすると、ずんと重みを増した。急に答えを聞くのが怖くなって、「なんて余計なことを言うんだ」と少し前の自分を叱責したいような気持ちになった。
みちるはじっと修を見つめた。長い睫毛がかすかに震え、ほんの一瞬だけ大きな瞳が傷ついた小動物のように不安げに揺れた。
「みちるーー?」
修が声をかけて顔を覗き込むと、みちるはいつものクールな表情に戻っていた。
「うん。私は東京に行きたい。東京に行く」
ーートウキョウ ニ イク
多分そうだろうなと思っていた。修の予想通りの回答。 それなのに、修の耳にはみちるの言葉は知らない異国の言葉のように聞こえた。
やっぱりみちるはこの町を出ていってしまう。どこか遠くへ飛んでいってしまう。
進学で別々の道へ進む。大人になる過程で誰もが経験することだ。
それなのに、どうして自分はこんなにも怖がっているんだろう。
大人になりきれないんだろう。



