私は京都の街を歩きながら、がむしゃらにシャッターを押した。
はっきり言ってうまく撮れているかもわからない。
でも「これだ」と思った瞬間は全て撮る。
それしかできない私だから。
東さんのアドバイス通り、
北斗さんを感じながら自分の想いを込めて……
(京都の旅館、藤の間)
浮城さんはカレンさんを自分の胸に引き寄せて優しく抱きしめ、
カレンさんは浮城さんの胸に顔をうずめてすすり泣く。
ずっと孤独と憎悪に取り憑かれていた心は、
浮城さんの温もりと愛情に救われ、
長い呪縛から解き放たれたように本来の彼女を取り戻せたのだ。
浮城さんはカレンさんの頬を伝う涙を指で優しく拭い、
ゆっくりと布団へ寝かせると子供をあやす様に添い寝した。
暫くの間黙ったままで、彼女の髪を何度も撫でている。
カレン「陽立……」
浮城 「ん?」
カレン「想い出したわ。
以前もこうやって陽立に慰められながら看病してもらった」
浮城 「えっ!」
カレン「あの日もそうだった。
朝からひどい頭痛で。
スケジュールが押してるからって無理して撮影に出かけたの。
でも、思ったイメージの画像が撮れなくて、
イライラしてた私はカズとそのことで揉めて、
ひとり落ち込んで車で泣いてたのよね。
そしたら陽立が来てくれて、
袋に入った栄養ドリンクを大量に持ってきた」
浮城 「そうだったっけ?(笑)」
カレン「ええ(笑)『これだけ一気に飲んだら100人力だぞ!』って。
『バカじゃない!こんなの一気に飲んだら死んじゃうわよ!』って、
その時私は言ったけど、心の中ではすごく嬉しかったんだ。
陽立は私が体調悪いって気づいてたんだなってね」
浮城 「カレン」
カレン「そうそう。
それから、一度だけすごい熱で撮影を休んだこともあった。
その時、電話くれたんだ。
『具合どうだ?』ってね。
すぐに解熱剤とメロンを買ってお見舞いに来てくれたんだ。
『ばーちゃん秘伝のネギ&大根入り雑炊だ』って言って、
作って食べさせてくれたの。
ずっと髪を撫でながら添い寝して、
私のおでこに冷たいハンドタオルのせてくれてた」
浮城 「しかし(照)よく覚えてんなぁー」
カレン「うん。まだあるわ。
5年前のクレーン事故の時もそう。
真っ先に病院へ来てくれたのは陽立だった。
私の指の震えが止まるまで3時間も話をしてくれた。
あの時もそう思ったの。
『何故こんなに女の喜ぶツボを知ってるんだろ』って。
何故、陽立は私が嬉しくなるツボを知ってるのって……」
浮城 「それはさ、ツボを知ってるっていうんじゃなくて、
好きな女に何かあったとか、体調を崩してるって知ったら、
真っ先に気に掛けたり、駆けつけてるってだけのことだよ。
何の駆け引きも計算もなく、心のままに行動してるだけだ」
カレン「そう……でもそれがずっと嬉しかったの。
気に掛けてくれる行為が嬉しかった。
ありがとう。陽立」
浮城 「そんなこと、これからもだよ。
カレンが困った時や弱ってる時はいつでも俺が傍にいるさ」
カレン「うん。ねぇ、陽立」
浮城 「ん?」
カレン「カズは大丈夫なの?
星光さんが居なくなってから、真面に撮影できてないんでしょ?」
浮城 「あぁ。流星と根岸がサポートに入って撮影中は傍にいるから、
皆の前ではなんとか平常心を保って誤魔化してるけどな。
でもな……」
カレン「ん?ほかに何か問題でもあるの?」
浮城 「ああ。神道社長の命令だって言って、
東さんが若葉をスタッフとして別荘へ連れてきたんだ。
だから激怒して東さんを殴ろうとした」
カレン「えっ!?どうして神道社長はそんなひどいことを……
二人の過去のこと知ってるでしょ?
東さんだって、そんなことしたらカズがどうなるかくらい、
察しがつくでしょうに」
浮城 「だからあいつも堪らず感情的になったのかもな」
カレン「カズがカメラを持てなくなる理由も激怒する理由も分かるわ。
新たな心の傷を負ってすぐ、古傷を抉られたって感じだものね」
浮城 「ああ。正にそうなんだ」
カレンさんの心は素直さを取り戻してから、
いろんなことが鮮明に見えていた。
本当に自分が望む愛のありかたも、
自分を真剣に愛する人が誰なのかも。
そして浮城さんから聞かされた若葉さんの再来が、
北斗さんに新たな試練を与えていることも。
冬の日差しが差し込む藤の間で、
ふたりは温かな時間に浸りながら、
北斗さんと私の今後について話したのだった。
撮影を終えて旅館へ帰ってきた私を、
旅館ロビー横の休憩室で待っていたのは浮城さんで、
彼はスケジュール最終日までの予定を伝えた。
そして私はその日の午後から撮影助手としての仕事を再開する。
私と浮城さんが撮影している間、
カレンさんは穏やかな笑みを浮かべて、
旅館で身体を休め療養したのだった。
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