翌日、朝8時半。
いつものように機材バッグを抱えて、カレンさんの後をついていく。
撮影現場へ到着すると、モデルの舞妓さんが既に来ていた。
撮影準備をバタバタ済ませ、カレンさんは大胆にカメラを構え、
モデルさんに話しかけながらどんどん撮っていく。
でも、今日のカレンさんはなぜかとげとげしくなく、
話しかける言葉も、普段より比べると優しかった。
しかも私のことを濱生さんと呼んでいたのに、
なぜか星光さんと呼んでいるのだ。


カレン「星光さん。レフ板を出してくれる?」
星光 「えっ。は、はい!えっと……」
カレン「丸レフを出して。
   そのほうが柔らかく優しい表情で撮れるの。
   この間やったように光の入射角を確認してね」
星光 「は、はい。
   (なんか気持ち悪いくらい優しいんですけど。
   もしかして、モデルさんの前だから?
   でも、この間はモデルさん居ても言葉きつかったけど)」
カレン「ん!いい!少し板を振ってみて。
   芯をシャドー部分に当てて」
星光 「はい!」
カレン「そうそう」



カシャカシャカシャ(カメラのシャッター音)


カレン「羽菜さん、良い表情です。
   そのまま少し俯いて……そう!そのままね……」


レフ板を傾ける私に優しく話しかけて褒める彼女が余計に不気味で、
どんな心境の変化があったのかまったく心当たりがない。
彼女の笑みを見ているとなぜか恐怖すら感じてしまう。
それから1時間、カレンさんの笑顔と優しい声の中、
変な汗をかきながら仕事をこなした。


撮影が終わり、歩きながらカレンさんは街並みを撮影していた。
私は、東さんから手渡されたコンパクトデジカメを握りしめ、
微かに震える手で、シャッターを押してみたりする。
少し離れた場所から彼女がカメラを構える姿を見ながら。
しかしそれまで座ったり、
上を向いて撮っていた彼女が急に動きを止める。
おかしいなと思い、私はゆっくり近づいていった。
すると彼女の前に怖そうな男性がふたり居て、
どうも絡まれているようだ。
私は慌ててカレンさんの傍へ駆け寄ったのだ。


男性A「あんた、何撮ってんの。
   そんなでっかいカメラなんかおろして、
   俺たちとゆっくりコーヒーでも飲みながら話さないか?」
カレン「お断りします。今仕事中なので」
男性B「そうかたいこと言わないで、ちょっと休憩してさ。
   俺たち、東京から観光できたんだ。
   いいところ知ってるなら案内してよ」
カレン「東京?よその土地まできて恥さらしてんじゃないわよ。
   大人しく野郎二人で京都観光してなさいよ!」
男性A「は?あんた綺麗な顔してキツイこと言うねー」
星光 「どうしたんですか!」
男性B「なんだ。連れが居るじゃん」
カレン「危ないからあっちへ行ってなさい」
男性B「ちょうどいいや。
   2対2でダブルデートっていうのはどう?」
カレン「だから、さっきから嫌だって言ってるでしょ!」
男性A「いいから一緒に来いよ!(カレンさんの腕を掴む)」
カレン「ちょっと!放して!」


ふたりの男性は私達に絡んで離れようとしない。
抵抗するカレンさんをどうにかして助けなきゃと思った私は、
とっさに大声で叫んで助けを求めた。

星光 「誰かー!痴漢です!助けてください!」
男性A「お前!」
カレン「……」
星光 「今だ!」


私の声に傍にいた人たちが反応して一斉に振り返り、
大勢の目が男性二人へと注がれる。
その瞬間、カレンさんの腕を掴んでいた男性が手を放し、
相手がひるんだ隙に、
私はカレンさんの手を掴んで強く引っ張ったのだ。
とにかく二人して、重たい荷物とカメラを抱えて全速力で走った。
ぎゅっと手を繋いだまま。
数分は走っただろうか。
やっと二人をまいて、安全なところまできた私たちは、
はぁはぁと息をはずませて、むせながら下を向く。
そして苦しそうにお互いの顔を見合わせて、
同じタイミングで吹き出した。


二人 「ぷっ!あはははははっ(笑)」
カレン「痴漢は良かったわねー」
星光 「とにかくとっさに出た言葉がそうだったので。
   見るからに物欲しげで厭らしい感じがしたから」
カレン「確かに言われてみればそうね(微笑)」
星光 「あっ!カメラ大丈夫ですか!?
   思い切り走ったから」
カレン「あぁ。大丈夫よ。星光さんは大丈夫?」
星光 「はい。私は大丈夫です。
   旅館に居た時は、重たい荷物を両手で抱えて、
   女将から怒鳴られながら走ってましたから、
   もう慣れっこです(笑)」
カレン「そう。星光さん、助けてくれてありがとう」
星光 「えっ(驚)いえ、私は何もしてないですから」
カレン「今日の撮影は終わりにして、旅館へ帰ろうか」
星光 「はい」


やっと呼吸が落ち着くと、ゆっくり歩きながら大通りへ向かう。
カレンさんとのたった少しの会話が、
こんなに嬉しいなんて、思ってもみなかった私は、
調子に乗ってカレンさんにどんどん話しかけた。
彼女は嫌な顔ひとつ見せず、微笑みかけながら言葉を返してくれる。
もっと早くにこうなっていたら、
きっと勝浦でも良い関係が築けたかもしれない。
10分ほど歩いてちょうど居合わせたタクシーに乗り、旅館へ戻った私達。
部屋に入って荷物を下ろすと、
カレンさんはカメラをテーブルの上に置いて、
そのままテーブルに凭れ手を伸ばすと、
伸ばした腕の上に顔を乗せて伏せたのだ。

星光 「カレンさん。お茶入れましょうか」
カレン「んー」
星光 「撮影が終わった途端、
   あんな変な男たちに絡まれたから疲れたでしょう?」
カレン「う……ん」
星光 「カレンさん?」
カレン「ん……」

カレンさんは話しかけても、んーと唸ってるだけで返答がない。
私は彼女の異変を感じ、傍へ近寄って顔を覗き込んだ。
息遣いは荒く、真っ赤な顔をしてとても苦しそうにしている。

星光 「カレンさん!?どこか苦しいんですか!?」
カレン「……」
星光 「カレンさん!!」

突然の容体の変化に私は焦りながら、
背中を擦りカレンさんに寄り添った。
昼間に見せてくれた笑顔とは対照的で、
今の彼女は力なく横たわり覇気も無い。
たったひとりで私はどう対応したら良いのかと動揺している。
顔をしかめたまま辛そうにしている彼女の寝顔を見ながら、
心の中で『神様、カレンさんを助けて!』と、
必死で叫んでいる私が居たのだった。

(続く)


この物語はフィクションです。