その日の午後、夏鈴さんが車でやってくる。
彼女は根岸さんと少し話した後、私のところにやってきた。
私は久しぶりに親友の夏鈴さんと会えて、
溜り溜まった不安をうちあける。
夏鈴さんも「うんうん」と相槌を打ちながら聞いてくれていた。
やっぱり夏鈴さんは頼もしい。
夏鈴さんは話しながらコーヒーを飲み、時折撮影現場を眺めていた。
彼女の視線の先が根岸さんよりも浮城さんで、
彼のことを心配そうにじっと見ている。
そして、根岸さんのことについてあることを打ち明けたのだ。


(別荘の庭)


夏鈴「キラちゃん。ひろが酷いことしてごめんなさい」
星光「えっ。何のこと?
  根岸さんは私に良くしてくれてるけど……」
夏鈴「実はさ、送ってもらった日にひろから暴露されたんだ。
  カレンさんからの依頼で、
  ゴシップ写真を出版社に送ったのは自分だってね」
星光「……」
夏鈴「全ての写真ではないって言ったけど、一枚でも送れば同じだし。
  しかも大金貰ってやってたって言い出すしさ」
星光「あぁ……
  (カレンさんに返していたお金のことだ)」
夏鈴「私。それ聞いて、彼のほっぺた思い切りビンタしちゃった」
星光「えーっ」
夏鈴「ここで再会して話した時、
  彼にキラちゃんのこと頼むってお願いしたのに、
  キラちゃんを悩ませる根本原因がひろだったなんて」
星光「根本原因なんて」
夏鈴「でも彼は間違ってたって、
  自分の非を認めて改心するって約束してくれたんだ」
星光「そう……」
夏鈴「だからキラちゃん、彼を許してあげてね」
星光「許すなんて。
  根岸さんからは人助けと思って引き受けたって聞いたわよ」
夏鈴「そうなの?」
星光「ええ。
  根岸さんの良さも、
  夏鈴さんのことをどれだけ愛してるかも知ったから、
  私は根岸さんに怒りも恨みもないわ。
  どちらかと言えば、助けてもらってることが多いしね」
夏鈴「そう。だったら良かった。
  あれからキラちゃんと北斗さんはどうなってるの?
  さっきから見てると、
  カレンがべったり北斗さんにくっついててむかつく!
  ここは仕事場でしょ?
  あの女、公私混同してない!?」
星光「あぁ……あれはいいの」
夏鈴「良くはないでしょ!
  北斗さんを本気で愛してるんでしょ?
  もしかして…キラちゃん、北斗さんとうまくいってないの?」
星光「まぁ、そんなところかな。
  私、彼に嫌われちゃったみたいだもの」
夏鈴「嫌われたってどういうこと!?
  北斗さん、あんなに真剣にキラちゃんのこと気にかけてたのに」
星光「カレンさんと結婚することになったから、
  それで私の存在がウザくなったんだと思う。
  だから、あのゴシップ記事は、嘘じゃないってこと」
夏鈴「結婚って……
  キラちゃん、正直ここで仕事するの辛いんじゃない?」
星光「夏鈴さん……うん。
  むっちゃ辛い。
  今すぐにでも逃げ出したいくらい辛いよ」
夏鈴「もーぅ。
  なんでもっと早く私に言わなかったの?」
星光「うん……ごめん」
夏鈴「よしよし」


夏鈴さんは私の頭を撫でながら自分の肩に引き寄せ、
泣き止むまでずっと頭を撫でてくれていた。
私にはそれがとっても心地よくて、
ずっと霧の中にでもいたようなもやもやした感情が、
少しだけ晴れた瞬間でもあったのだ。


夏鈴「キラちゃん。辛いなら無理しなくていいんだから、
  いつでもCCマートと幸福荘に戻っておいで。
  私が店長に事情話して掛け合ってあげるからね」
星光「ありがとう。そのときは宜しくお願いします」
夏鈴「うん(笑)だからもう泣かないで。
  今からは私が泣く番だから、もし泣いたら慰めてね」
星光「ん?夏鈴さんが泣くって」


私は不思議に思い、彼女の顔を見た。
夏鈴さんはじっと海の方を見ている。
私も、彼女が見つめる方向に目をやった。
視界にはいってきたのは、根岸さん、流星さんと一緒に、
潜水道具を持ってこちらに向かってくる浮城さんの姿だったのだ。
浮城さんも夏鈴さんに気がつき、
一度立ち止まったけれど私たちに向かって歩いてくる。
夏鈴さんは無言で立ち上がると、浮城さんに近付いていった。


二人が向かい合わせで話している横を、
見ることも声をかけることもなく通り過ぎる根岸さん。
その光景を見ながら、夏鈴さんも辛いんだなと感じ取っていた。
私は浮城さんに必死で話しかける彼女を遠くから見守っていたのだった。



  
その夜、いつものように皆が食事を済ませ、
私といちごさんで片づけをして、何等変わらない夕食が終わった。
もちろん、北斗さんと東さんは二階で食事をしている。


そして、夜も更けてきた頃。
リビングに残っていたのは、
いつものメンバーだったけれど根岸さんの姿はなかった。
昼間、カレンさんと風馬とのこともあって、
みんなの傍にいるのが辛くて、
私はひとり庭に出てぼーっと月光に光る波間を眺めてみたり、
長椅子に座って空を見上げ、煌めく星をひとつひとつ数えてみたりする。
もうすぐ風馬も居なくなる。
流星さんは何が起きても、ここからもみんなからも逃げるなって言う。
私はこれからどういう日々を過ごしていけばいいのかと、
途方に暮れながら海を見つめていた。
30分は外に立って海を眺めていただろうか。
静かな敷地にいきなり何かがばらけて落ちる音がすると、
いちごさんの叫び声が響いて、私はハッとする。


慌てて別荘に戻り、玄関からゆっくりリビングに入ると、
片づけをしていたのか、
キッチンから心配そうに様子を伺っている風馬の姿がある。
いちごさんは口を押えたまま立っていて、
田所くんが怯える彼女の肩を支えていた。
そして、北斗さんはパソコン傍の床に座り込み項垂れていて、
私には彼の肩が微かに震えているように見えた。


星光「(北斗さん!どうしたの!?)」


彼の傍らには流星さんと浮城さんがいて、
ふたりは必死でパソコン操作しながら何かを確認している。
そして、床には大量のCDとメモリーカードが散乱していた。
私は何が起こったのかまったく把握できず、
茫然としている皆の姿を眺めるしかない。


七星「くっ。やられた……撮った水中画像がすべて消えてる。
  くそっ。あれだけ目を光らせてたのに……」
流星「最後に編集したのは!?いつだったんだ、兄貴」
七星「一昨日の夜だ」
流星「だめだ。これもエラーで画像は写らない」
風馬「東さんはどうしたんですか」
流星「今夜は神道社長と打ち合わせに出かけてて留守なんだ」
浮城「とにかく、ここに出入りできる人間すべてが怪しいってことだよ。
  特にここで寝泊りしている人間。
  こんなことできる奴は一人しかいない。
  犯人は、根岸だ」
村田「えっ!根岸さん、ですか」
浮城「ああ。あいつが来てからいろんなことが起き過ぎだ。
  それに、今だってここに居ないじゃないか。
  こんな時間にいったい何処に行ったんだ!
  根岸を飛っ捕まえて問い質せばわかることだ!」
田所「浮城さん、少し落ち着きましょう」


星光「(夏鈴さんがあれだけ必死に泣きながら話したはずなのに、
  浮城さんはまだ根岸さんのことを疑ってるの!?)」


私は浮城さんの言葉を聞いていて、だんだん苛立ちを感じ、
何も言い返さない北斗さんの情けない姿を見て、
何ともいえない怒りが込み上げてきた。
落胆して座り込む彼の姿に、とうとう堪忍袋の緒が切れてしまい、
今まで吐き出せなかった本心をぶちまけてしまったのだ。


星光「おかしいですよ。
  居ないからって犯人扱いするの」



私のひとことで、皆が一斉に私に注目した。
項垂れていた北斗さんまでが顔を上げ、私を見つめる。
しかしその時、その場に居なかった根岸さんが別荘に戻ってきて、
玄関に入ったところでぴたっと足を止め、私の話す声を聞いていた。


星光「(七星さん。やっと真面に私を見てくれた)
  根岸さんは必死で仕事をしています。
  皆が寝静まってからも、
  夜遅くまでパソコンに向かって編集作業してます」
浮城「ほらみろ!
  皆が寝てからひとりで編集なんて、いちばん奴が怪しいじゃないか!」
星光「そうでしょうか。
  そんな見え透いたやり方しないんじゃないでしょうか。
  私、撮影のこともカメラのことも、
  何もわかりませんから偉そうなこと言えないけど、
  私が犯人だったら、
  もっと賢く自分がやったとわからないやり方でします」
流星「星光ちゃん」
星光「七星さん。
  貴方も、彼が疑わしいと思ってるんですか?」
七星「……」
星光「ふたりで見たあの森での光景を知ってても、
  貴方も彼を疑うんですか?」
七星「……」
星光「どうして私の質問に一切答えてくれないんですか?
  どうして、私の目を見て本心を語ろうとしてくれないの!?」 
風馬「星光」 


北斗さんに分かってほしく、自分の気持ちを受け取ってほしくて、
必死で訴えるように問いかけた。

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