呆然とした足取りで部屋に戻り、ベッドに入った私だったけれど、
月夜の丘で北斗さんとカレンさんの重なる姿が、
瞼の裏に焼き付いて離れない。
同じ職場にいてこんなにも距離は近いはずなのに、
心の距離はずっとずっと遠くに感じる。
鞄に入れて持ってきた北斗さんのフォトブックを取り出して、
じっと表紙を見つめ、震える手でページを開いた。
寂しく孤独に襲われるといつも支えてくれた彼の写真と詩。
ショッキングなシーンを二度も目撃して、心の折れた私が唯一、
北斗さんに触れることができるのはこれだけなんだ……
久しぶりにフォトブックをぎゅっと胸に抱えると自然と涙が溢れて、
そのまま泣きながら眠ったのだった。




今朝の勝浦は一転、台風並みの嵐になった。
窓から外をのぞくと地面を揺るがすほどの雷鳴が轟き、
眩い稲光が海上で何本も瞬く。
突風が勝浦の岩場を駆け抜け、
声をかき消す勢いの大粒の雨が斜めに落ちていた。
その様相は私の心の再現フィルムのように映っている。


悪天候の為に急遽撮影が中止され、
朝30分間だけのミーティングが行われた。
東さんから今後の撮影指示が言い渡されて、変更事項も告げられる。
その内容に、皆ざわざわとどよめいていたけれど、
カレンさんだけは上機嫌だったのだ。
東さんが二階に上がると、皆食い入るようにスケジュールを再確認し、
算木を散らす様に、自宅や宿舎であるペンションへ戻っていったのだ。
リビングに残ったのは、北斗さんに流星さん、
田所くんと風馬、いちごさんと私だった。


流星「なんだ、これ……どういうことだよ!」


流星さんは新しく張り出されたスケジュール表を見るなり、
驚嘆に値する内容に思わず大声を上げる。
そしてソファーに座ってカメラの点検をしている北斗さんに詰め寄った。


流星「なんで兄貴がBチームになってるんだ!」
七星「仕方がないだろ。
  Bチームの酒枝と堀田が、
  自社の仕事の都合で二週間抜けることになったんだ。
  潜水できる人間が二人も抜けたらBチームは撮影できない。
  水中での撮影の目途も立ったし、あと少しのことだろ」
流星「だったら根岸はそのままでもいいだろ!
  俺たちがサポートに回って潜ればいい話じゃないか!」
七星「これは光世に了解を得て決定したことだ」
流星「はぁ!?東さんにって……どうかしてるぞ、兄貴も東さんも!
  今、根岸と浮城さんを同じチームにしたら、
  スムーズに進むものもうまくいかなくなる!
  今の状況を本当にわかってそんなこと言ってるのか!?」
七星「ああ。分かってるつもりだ」
流星「それに兄貴がカレンに近付けば近付くほど、
  門の外で待ち構えてる報道陣の格好の餌になるんだぞ。
  また5年前と同じことになるかもしれないんだ。
  そんな光景を星光ちゃんが見たらどう思うか!」
七星「流星。
  これは真剣勝負の仕事なんだぞ!
  私情を挟んで撮影なんてやってたら、それこそ重大なミスをする!
  またこの間のような負傷者がでるかもしれない。
  とにかくこれは決定事項なんだ。
  明日からは根岸のバディとしてAチームの撮影をやってくれ。
  光世のところにいってくる」
流星「兄貴!」


いきり立つ流星さんに反するかのように、
淡々と仕事を熟す沈着冷静な北斗さん。
そんな二人の温度差と、
言い合う会話の中に私の名前ができたことにも戸惑いを感じながら、
私はいちごさんとキッチンから様子を見守っていた。
チームの配分を聞いて動揺していたのは流星さんだけではなく、
私も同様で……


星光「何故。北斗さんがBチームに変更を……」
村田「私も詳しいことは知らないの。
   今朝、東さんから言い渡されて、私もびっくりしたけど、
   はっきり言ってスタッフ全員動揺してるわ」
星光「もしかして、雑誌の報道があったからですか?
   七星さんとカレンさんの」
村田「報道のこと知ってるの!?」
星光「はい」
村田「キラさん……大丈夫?」
星光「えっ?」
村田「七星さんのこと、好きなんでしょ?」
星光「……」
村田「隠さなくても大丈夫よ。
  神道社長から事情は聞いてるから。
  七星さんはとっても魅力のある人だもの。
  いつも冷静で気配り上手で仕事もできる。
  だからキラさんが好きになる気持ち分かるわ。
  それに、すごく辛くて泣いてるハートの叫びもね」
星光「いちごさん……
  私、これからどんな顔していればいいのか、
  彼とどんな態度で接したらいいのかわからないんです」


私はずっと堪えていた感情をいちごさんの前で露にしてしまった。
どうしてもカレンさんとキスをしていた北斗さんの光景が離れず、
東京に出てきたばかりの自分に戻ったみたいで、
その場にうずくまり泣いてしまったのだ。
そんな哀れな私をいちごさんはずっと宥め、
流星さんと風馬は少し離れたところから、
心配そうに様子を窺っていたのだった。



翌日。
昨日の嵐が嘘のように治まり、風はあるものの空は晴れ渡った。
しかし撮影現場は引き続き荒れ模様で、
流星さんといちごさんの予想通り、
浮城さんと根岸さんが撮影中にトラぶったのだ。
即座に二人とも東さんから呼ばれ、注意を受けたのは浮城さんだった。
浮城さんは無言のままカメラバッグを持って車で出かけてしまった。
そんなぎすぎすした状態のAチームはチームワークがとれず、
撮影は2チームで行われることになった。
その中には、他人事のように海へ入っていく北斗さんの姿があった。
ふたりが揉めている時も、皆が止める光景を黙視していたのだ。
私には彼の気持ちが分からない。
今まで浮城さんや流星さんとは和気藹藹と仕事を熟していたのに、
あの夜から、カレンさんと会った夜から、
まるで人が変わったように、
私にもそしてAチームにも近寄らなくなった。
そんな異様な北斗さんに流星さんは苛立ち、
東さんは何も言わずに彼の提案をすべて受けている。
しかも毎日の食事も、東さんと北斗さんだけは2階でしているのだ。

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