星光「北斗、さん。私……
   (何か言わなきゃ。気持ち伝えなきゃ。私がここにきたのは)
   私がここに、居ないほうがいいですか?」
七星「そんなわけないだろっ!
  めっちゃ大切なんだ。
  でも。僕は、怖いんだ……」
星光「(怖いってどういう意味なの?)」


低く怯えた声で発せられた言葉が更に私を混乱させる。
北斗さんは固まったままの私をギュッと抱きしめ、
私の右頬に情熱のこもったkissをした。
しかし私を包んでいた腕をゆっくり離すと、
じりっと数歩下がって背を向ける。


お願い!北斗さん、ここに居て。
お願いだから、行かないで……北斗さん!


背中越しに草を踏みしめ遠ざかる彼の足音を聞きながらも、
私は振り返って声をかけることも、追いかけて引き留めることもできず、
その場で崩れるようにしゃがみ込んだ。
そして肩を震わせ、恋心を押し殺すように泣いたのだった。



七星「星光ちゃん……
  (すまない。
  君のことがすごく大切だから、失うのが怖いんだよ。僕は)」


やりきれない気持ちと伝えきれない本心を抱えたまま、
心を鬼にして私から距離を取り、
別荘に向かう北斗さんをある声が引き留める。
その声は、暗闇の大きな木の陰でじっと私たちの姿を見ていた風馬だった。
凭れていた身体を起こし、北斗さんの傍に近寄っていくと、
座り込む私の姿を心配そうに瞥見したあと、ゆっくりと視線を彼に戻して、
鋭い眼光で食い入るように見た。



風馬「これがあんたのやり方ですか」
七星「あ?」
風馬「何故泣かすんですか。
  どうして『俺が守ってやる!』って言ってやらないんですか」
七星「……」
風馬「俺だったら、身体張ってでもあいつを離さないけどな」
七星「君は身体を張って傍に居てやることで、
  彼女の全てを守れると思ってるのか」
風馬「思ってますよ。
  俺はずっとそうやってきたんで」
七星「そうか。力づくか」
風馬「そうだ。愛していたら力づくで守ってやる。
  それが俺のやり方だ」
七星「それじゃ聞くが、
  何故あの時、彼女は断崖絶壁で命を絶つことを選んだんだ?」
風馬「そ、それは」
七星「僕も、愛してる人を守る時は捨て身で守る。
  でも時には、離れた場所から見守ることも彼女を救うことになるんだ」
風馬「……」
七星「それが僕のやり方だ」

秘めていた想いを風馬にぶつけると、
北斗さんは振り返らず別荘へ戻っていった。
彼の挑戦状とも取れる熱誠なる言葉を聞かされて、
風馬は複雑な心持で空を見上げる。
そして私の傍によることもなく、
私が立ち上がるまでずっと見守り続けたのだった。




北斗さんに後ろからハグされて繚乱した日から5日が過ぎ、
あのゴシップ記事の件は私以外、現場にいるスタッフ全員が知っていた。
なのに不気味なほど誰一人それを口にしない。
ふたりの進展記事を求めて勝浦に押しかける報道陣。
警備も強化され、二重許可がないと入れない現場。
そして北斗さんも、この間のことがなかったように、
スタッフの前では普通に接してくれているけど、
仕事が終わると東さんや流星さんたちと話したり、
パソコンに向かって黙々と編集作業をしている。
私とふたりで話すなんてことも、彼から話しかけてくれることもない。
そんな彼との煮え切らない状態が続いていて、
唯一いちごさんと田所くん、
そして風馬と夜話すのがホッとできる時間になった。
やはり風馬の存在は、今の私には大きいとつくづく感じている。
しかし、福岡の実家のことや寿代とのことも聞けず複雑な胸の内。
そんな異質な空気の中で、私は不安と寂しさを抑え、
黙々とみんなの食事の支度と洗濯、
買い出しに備品の補充などこなしていた。


カレンさんと水野さんが不在の現場では、
ベテラン二人が抜けたことは痛手らしく、
かなりバタバタしているように素人目には見えたけれど、
そこは皆撮影のプロフェッショナル。
遅延なくテキパキと動いて、スケジュールを消化している。
私は、洗濯かごの中の濡れたバスタオルを広げ、
何本も張られた物干しロープにかけては洗濯ばさみを止めながら、
見守る様に撮影現場の様子を眺めていた。
その中に居る北斗さんを目で追いながら。




(別荘の庭にある休憩所)


村田「すごーい!
  キラさん、ありがとう。
  あんなにあった洗濯物、全部干してくれたのね。
  こうやって見てると、洗濯洗剤か柔軟剤のCMみたい(笑)
  写真撮っちゃおうかな」
星光「あははっ(笑)そう言われてみればそうですね。
  ずっと旅館で育って、何年もさせられてたことだから無意識でした。
  まさかこんなところで役立つなんて、人生に無駄はないんだなー」
村田「風馬くんから聞いたよ。
  キラさんって、学生時代は成績優秀でずっと学級委員だったって?
  日本舞踊にお花やお茶もできるんでしょ?
  着物の着付けなんかも数分で簡単にやっちゃうし、
  外国のお客さんとも英語で会話できるって。
  キラさんって、
  地元ですごく有名な大旅館の女将になるんだったんでしょ?」
星光「え、ええ。でも、リタイヤしたからですねー。
  (もーっ!風馬ったら、ペラペラと私のことみんな話してるんだな)
村田「キラさんは料理人っていうよりは秘書向きね。
  この撮影終わったら、神道社長の秘書に抜擢されるかもよ」
星光「えーっ!そ、そんなことないですって!
  秘書なんて、とても。
  (神道社長の秘書なんて恐れ多いよ)」
村田「さっき、ずっと海の方見てたでしょ。
  誰を見てたの?」
星光「えっ!い、いえ、誰って言うか、私こういう撮影現場って、
  TVや映画でしか見たことなかったから、
  機材はたくさんあるしリアルだなぁって思って。
  しかも皆さん、テキパキ動いてて、
  スーパーの雰囲気とはまったく違うっていうか、
  みんなすごーく大人っていうかですね」
村田「そう(笑)はい、コーヒー」
星光「ありがとうございます」
村田「そうね。初めて現場で仕事した時はそう思ったかな、私も。
  でも、みんな私達より随分大人よ。
  キャリアも年齢的にもね」
星光「年齢かぁ……
  (そういえば、北斗さんの年って何歳なんだろ。
  考えてみると、私って彼のこと何も知らないな)」

いちごさんの年齢発言で私はハッとさせられ、
改めて北斗さんとの思い出を回顧する。
私を死の淵から救い、氷の要塞から出してくれた救世主。
彼の言動だけを信じ、
差し伸べられた手に導かれるようにして今まで来たのだけれど、
振り返ると年齢はおろか好きな食べ物すら知らなかった。
そして、今は私への想いまでも揺蕩っていて不安定に感じている。




(勝浦の撮影現場、休憩所)


海中での撮影を一旦切り上げて、
重苦しい装備を外した流星さんと浮城さんは、
砂浜に停泊してあるボートの縁に腰掛け休憩を取っていた。
カレンさんと水野さんが抜けた穴を、
卒なくカバーしているチームだったけれど、
疲労は比例して溜っており今上がってきた二人も肩で息をしている。
浮城さんはバトンタッチで潜った根岸さんと佐伯さんを見送ると、
機材のチェックをする北斗さんに目を向けて首を捻る。



浮城「ん?……んーっ。ふん……」
流星「浮城さん。腕組みしながら『んーんー』って、
  何をさっきからじーっと観察してんの」
浮城「いや、それがさ。
  星光ちゃんが来て5日も経ってるのに、
  カズが彼女に話しかけた姿を見たことがないなって思ってさ。
  あれだけ考え込んで彼女のことを心配してたのに」
流星「ああ。それは俺も感じてた。
  始めは職場だからかと思ってたけど、
  どうも様子がおかしいしな。
  兄貴は昔から女性と恋愛のことになると、
  慎重って言うか不器用って言うか」
浮城「はっきり言ってカズはバカだ。
  俺たちが協力してやるって言ってるのに、
  まったく彼女をものにできないでいるんだから。
  仕事では手際良くこなして隙のないすごい奴なんだけどさ。
  だから、あんな雑誌の記事が書かれてる事自体不思議でならない」
流星「あれは誰かが俺たちを混乱させるためにやってることだと思うが、
  兄貴のいうように根岸かカレンか。
  それとも他の誰かか……」
浮城「確かに最近のカレン嬢の行動はどこか変だし違和感がある。
  カズにフラれた日からまったく俺たちに近寄らないからな。
  今まで仕事では、あからさまに態度に出してくる奴じゃなかった」
流星「涼子から、5年前のクリスマスのパーティーで、
  カレンとあった出来事も聞いたんだ。
  根岸が敵か味方か、
  カレンも絡みがあるのかこれからの動き次第かな」
浮城「そうだな」
流星「まぁ、兄貴と星光さんの件は頃合いを見て、
  俺がお膳立てするかな。
  んーっ!」
浮城「ったく。子供か学生の付き合いかよ(笑)
  俺なんか、とんとん拍子よ」
流星「ん?とんとん拍子って?
  もしかしてうさぎちゃんと?(笑)」
浮城「そう!僕のうさぎちゃん」


うさぎちゃんこと夏鈴さんの名前が出ると、
浮城さんの顔はパッと明るくなった。
そして、とんとん拍子の理由を私はこの後直ぐに知ることになる。
浮城さんと流星さんのふたりは、
北斗さんのことを気にかけながらも夏鈴さんの話題で盛り上がり、
いちごさんと話している私の姿もチラチラと眺めている。


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