涼子さんは病院のベッドに横たわり夢を見ていた。
それは再現フィルムのようにとても鮮明で、
余りにリアルで、過去に戻されたのかと錯覚するほど辛く切ない。



〈涼子の夢、回想シーン〉


涼子「このままで居て」
七星「えっ(驚)でも」
涼子「お願い、お義兄さん。
  少しの間、このままで」
七星「涼子ちゃん(焦)
  こういうの良くないよ。
  もし、流星が見たら」
涼子「いいの。見られても。
  あの人は私を愛してないんだもの。
  家に帰ってきても、カメラと写真ばかり見て、
  私を見ようとしない。
  いつも仕事の話ばかりで……でもお義兄さんは違う。
  仕事があっても私にいつも優しくしてくれる」
七星「それは、涼子ちゃんが流星の嫁さんで、僕の妹だから」
涼子「カレンさんが好きなの?」
七星「カレン?」
涼子「彼女と付き合うの?告白されたでしょ?」
七星「えっ」
涼子「お義兄さんは私より、カレンさんに優しくするの?
  そんなの、いやよ!」
七星「涼子ちゃん」
涼子「お義兄さん、私ずっと……
  ずっと前から私、お義兄さんのこと愛してるの」
七星「……」
涼子「だから……」

暗い部屋にあるXmasツリーのイルミネーションと、
入口からシャンデリアの細い光が差し込み二人を照らしていた。
涼子さんの震えながら訴える言葉は止まり、
彼女の顔がゆっくりと北斗さんの顔に近づいていく。
そのとき、バン!とドアを思いきり開ける音がする。



カレン「カズ!貴女、やっぱり」
七星 「カレン」
流星 「涼子!?……兄貴。涼子に何をした!」
涼子 「流星」
流星 「涼子から離れろ!この野郎!」
涼子 「キャーッ!」


ざわざわとパーティーフロアから聞こえる人々の声とともに、
暗い部屋に響くカレンさんの声。
そして北斗さんに飛び掛る弟、流星さんの姿……



(大学病院本館4F、循環器病棟)


目を覚ました涼子さんは、ゆっくりと窓に目をやった。
そこにはカーテンを開けようとする北斗さんが立っている。
その表情はとても不安げで元気なく見えたが、
涼子さんが目を覚ましたことに気がつくと、
穏やかな笑みを浮かべてベッド脇の丸椅子に腰かけた。

涼子「あっ。お義兄さん……。
  なんだ。夢、だったのね」
七星「目が覚めたかい?」
涼子「はい」
七星「随分うなされていたけど、怖い夢でも見たのかな」
涼子「ええ。すごく怖い夢」
七星「そうか。きっといろんな事がありすぎたせいかもな」
涼子「それは……
  お義兄さん、心配かけてしまってごめんなさい」
七星「気にしなくていいよ。
  本当に大事に至らなくてよかった。
  君が居なくなったって、婦長から連絡があった時は、
  正直どうしていいかってマジで焦ったけどね。
  それより。こちらこそ、流星のやつがすまなかった」
涼子「い、いえ。彼は何も……
  あの、流星さんは?」
七星「流星は、カレンと会社へ向かった。
  急遽仕事が入って、あいつ社長から呼ばれてね」
涼子「そうですか」
七星「きちんと流星と話ができたかい?」
涼子「いえ、まだです。
  いきなり彼がここに居たことにびっくりで、何も話せなくて」
七星「そっか。ふーっ(溜息)
  何故あいつが突然帰国したのか、
  詳しいことは聞けてないんだが、
  流星は北新宿のマンションに住むそうだ」
涼子「えっ!?」
七星「体調が落ち着いたら、流星ときちんと話すつもりだから、
  事と次第によっては君もマンションに帰ったほうがいいな」
涼子「でも……あの人は私を許してくれないって思います。
  ほんの一瞬でも、Xmasの出来事は彼への裏切り行為ですもの。
  しかも、彼の実のお兄さんを……」
七星「あれは裏切りなんかじゃないさ。
  許してないなら、帰国しても君に逢いにはこないし、
  北新宿のマンションへも戻らないさ。
  むしろ、許してないのは僕に対してだと思う。
  だから君は何も気にしなくていい。
  何より、君は今でも変わらず、
  流星のこと、息苦しくなるくらい愛してるんだろ?」
涼子「お義兄さん……」
七星「5年も息苦しく流星への想いを抱えたまんまで、
  本当に心臓悪くしちゃうんだからな。
  不器用でシャレにならないくらいの愛情表現だな(笑)」
涼子「はい(笑)」


屈託のない笑顔を見せ明るい返事をする涼子さん。
そんな二人の会話を病室の外で聞いている人物がいた。
壁に寄り掛かったまま腕組みをし、
黙って聞いていたその人物はフッと笑みを浮かべると、
静かにその場を後にしたのだった。



(豊島区南長崎町、スーパーCCマート内事務所)


風馬「あの、すみませんでした。
  てっきり下手なナンパかと思いまして。
  頬、大丈夫ですか?」
浮城「痛いに決まってるだろ。
  まったく!送ってきていきなり殴られるんだもんな」
風馬「本当にすみません!」
浮城「もういいよ」
夏鈴「風馬くん。
  先にあがっていいから、キラちゃんの様子見てきて。
  私は、紳士ぶってるこの贅沢バカ男と話があるの」
風馬「わ、分かった。
  じゃあ、浮城さん。僕は失礼します」


風馬は申し訳なさそうに再度頭を下げると、
事務所のドアを開けて出ていった。
夏鈴さんは不機嫌そうに救急箱からカットバンを取り出して、
無造作に彼の傷の手当をしている。


浮城「ひどいなぁー。贅沢バカ男ってなんだよ。
  イテッ!夏鈴さん。
  カットバン貼るならもっと優しく頼むよ」
夏鈴「何偉そうに言ってるのよ!
  キラちゃんをいじめて泣かしたくせに。
  (背中を叩く)はい、終わったわよ!」
浮城「痛っ!俺はいじめてなんかないって。
  カズに頼まれて彼女を送ってきただけだからな」
夏鈴「ただ送ってきただけで、なぜキラちゃんが泣いてんのよ。
  それに、いちばん気に入らないのは、北斗七星!
  キラちゃんは彼に逢いに行ったのに、
  なんであんたが連れて帰るわけ!?
  無責任極まりないわ!
  男の風上にも置けないやつよね!」
浮城「それには事情があるんだって。
  それに、カズはいい加減な奴じゃないよ」
夏鈴「この状況のどこがいい加減じゃないって言いきれるの!?」
浮城「だから!星光さんもそうだけど、夏鈴さんも、
  少しは他人の話をちゃんと聞けよ。
  カズの身内が倒れて大変だったんだよ。
  それと同時に、カズの弟も帰国したから揉めに揉めてるし」
夏鈴「えっ?身内って誰?
  まさか、あの弟の奥さんとかいう人のことかな」
浮城「そうだよ」
夏鈴「でもだからって、
  なんでキラちゃんがあんなに取り乱して泣くわけ!?」
浮城「なんか。やっぱ夏鈴さんっていいなー」
夏鈴「へ?」
浮城「俺のタイプだなぁー。
  押しの強いところとか、そうやって詰め寄ってくるところ」
夏鈴「もう!(焦)そんなことどうでもいいから、
  キラちゃんと北斗七星に何があったか、
  私にも分かる様に説明してよ!」


夏鈴さんは私の涙の訳をどうしても知りたくて、
遠まわしに話す浮城さんにイラつき、机をバンバンたたきながら、
刑事ドラマの取り調べ張りの勢いで詰め寄る。
浮城さんは、夏鈴さんと向かい合わせに座り直すと、
5年前のXmas事件と今日あった出来事を話し出したのだった。



(CCマート社員寮“幸福荘”横、 市民公園)

私のことを心配してお店から戻ってきた風馬は、
幸福荘の横にある小さな公園のベンチに座っている私を見つけると、
ゆっくりと近づいてきた。
そして何も言わず横に座ると、
ハンカチを持ったまますすり泣いている私の頭を抱きかかえて、
自分の胸の中へ引き寄せたのだ。


風馬「お前さ。昔っからそうやけど、何でも一人で抱えるよな」
星光「風馬……」
風馬「また泣いてる。
  あいつとうまくいってないって、何で俺に言わんと。
  そう言うと俺が福岡に帰らんって言い出して、
  うちの親父やお袋、ひさっちに迷惑かけるって考えたっちゃろ」
星光「だって、そうだもん」
風馬「もう知ってしまったけん、福岡には帰らん」
星光「えっ!?そんなことしたら大変なことになるよ。
  風馬のサインした婚姻届、寿代が持ってるのよ。
  風馬が帰らんかったら、
  寿代が提出するって条件でここにきたんでしょ?」
風馬「ああ。そうやけど、そんなこともうどうでもいいと。
  俺の幸せは俺が決める。
  俺の伴侶も俺が決める。
  それに、俺は星光が幸せやったらそれでいいったい。
  星光がいつも笑ってなかったら、俺だって幸せになれんけんね。
  大好きなんだ。俺はこれからもずっと傍におるから」
星光「風馬」
風馬「星光。これからは幼馴染としてじゃなくて、
  ひとりの男として俺のことを見てほしい。俺を……」


風馬は抱きしめている私を見つめ、
顎に手を当てるとゆっくりと頬にキスをした。
そのキスは、荒々しいものでも強引なものでもなく、
深い傷に絆創膏を貼る様な、とても柔らかく優しいキスだった。
心の中でふたりの男性が存在し入り乱れ、
脳震盪を起こしてしまうくらい、ぐらぐらと揺さぶっている。


そんな心の重心の置き場がない私と、
意を決して告白した風馬の間にあるバッグの中では、
光りながらブンブン音を立てて存在を知らせる携帯。
着信画面に表示されている名前は、
今現在私の心を占領している渦中の人物であった。

(続く)


この物語はフィクションです。