浮城「それは、パーティーの日に、
  会社のプロジェクション・ルームのカウチで、
  カズと涼子さんが抱き合ってるのを見てしまったからだ。
  だからあいつは涼子さんをカズに託して、
  一人でアラスカに行ったんだよ」
星光「えっ……」
浮城「24日の夜から仕事の打ち上げも兼ねて、
  うちの会社で大きなXmasパーティーがあったんだよ。
  流星は珍しく奥さんの涼子さんを連れて来てて、
  カズはカレンをエスコートしてたんだけど、
  パーティーも中盤差し掛かったころだったな……」


彼のひとことで私の口から質問の言葉が止まってしまった。
次々繰り出されるXmasの真実を知った私は、
茫然自失する他はない。
大きな波しぶきが跳ね上がる崖の岩場で、
空を仰ぎ絶望に浸ってた私を、
すごい力で引っ張り、
捨て身で救ってくれたあの日の北斗さんの肖像は、
暴かれたXmasの出来事と共に、
ガラガラと音を崩れ出したのだ。



(新宿、大学病院本館1Fフロア)


静かになった病院の待合室で、北斗さん達はまだ話していた。
帰国した理由を聞くまで動かないと言う頑なな北斗さんと、
過去の出来事に縛られ闘争心むき出しの流星さん。
そのやり取りに呆れて、
溜息をつくカレンさんは長椅子に座っていた。 
向かい合い争う獅子を見つめていると、
彼女の脳裏に5年前のパーティーの光景が目に浮かぶ。
悲哀と憎しみが同居したような言い知れぬ悲痛な面持ちで……

 
カレン「あんな女、居なくなっちゃえばいいのに」


〈カレン、回想シーン〉

涼子 「カレンさん(グラスワインを手渡す)どうぞ」
カレン「ありがとう。
   ショルダーバッグ重そうね。流星の?」
涼子 「はい。持っててくれって言われたので」
カレン「もう!流星ったら最低ね。
   奥さんに仕事の相棒持たせてどうするのよ。ねー!
   パーティー終わるまで、私が預かっとこうか?」
涼子 「い、いえ。大丈夫です。
   カレンさんにお願いしたなんて知れたら叱られます」
カレン「そう」
涼子 「それにしても、本当に豪勢で素敵なパーティーですね」
カレン「ええ。今回サイコーの作品が出来上がって、
   大手との取引が成立したからね。
   これも、カズと流星が、
   過酷な撮影スケジュールに耐えたからよ。
   これで彼ら兄弟も一躍有名人ね」
涼子 「そうなんですね……
   私はこの世界のことがよくわからないもので、
   家でもほとんど仕事のことは話さないから」
カレン「そうよね。
   流星は仕事とプライベートを絡めないから。
   日頃は貴女のことなんて話さない流星が、
   貴女をパーティーに連れて来るなんて私もびっくりだわ。
   よほど、今回の仕事の成功が嬉しかったのね。
   あいつ、涼子さんに寂しいを思いさせてるかもだけど、
   今回の流星の功績、褒めてやってね(笑)」
涼子 「え、ええ(苦笑)」
カレン「あれ見てよ。
   カズったら珍しくはしゃいじゃって!
   野郎同士で抱き合っちゃってやーねー(笑)」
涼子 「あの、聞いてもいいですか?」
カレン「ん?聞きたいことって何?」
涼子 「カレンさんって、
   カズお義兄さんのこと、好きなんですか?」
カレン「えっ。唐突に何。
   何故そんなこと聞くの?」
涼子 「今日ずっと見ててそう感じるから」
カレン「ん?そうねー。大好きよ。
   初めてカズに会った時に一目惚れしたの。
   彼がカメラを構えてファインダーを覗き込み、
   鋭い目で被写体を捉えてる姿が輝いてた」
涼子 「好きなんですか。やっぱり……
   告白はしたんですか?」
カレン「それがまだなの。
   私の片思いって言うかね。
   カズは仕事のことしか頭にない人だから、
   女の話なんてこれっぽっちも出さないしね。
   でも、この間の深夜撮影の時に二人きりになって、
   いい雰囲気なってね、私からキスしちゃった」
涼子 「えっ!キス……」
カレン「ええ。だから今夜告白しようと思ってるの」
涼子 「そう、ですか……
   今夜はクリスマスで、奇跡には事欠かないですもの。
   告白頑張ってくださいね」
カレン「あ、ありがとう。
   (何で、そんなに悲しそうな顔してるの?)
   告白が成功するまで、キスのことは流星には内緒よ。
   (まさかこの子、カズのこと……)」


ほどよくして、カレンさんの傍に北斗さんがやってきた。
よろめき甘えて縋りつくカレンさんの顔を覗き込んで、
北斗さんは優しくエスコートする。


七星 「おい、カレン。顔真っ赤だぞ。
   酒弱いくせにワインがぶがぶ飲んで。
   飲みすぎだろ」
カレン「今日は無礼講でしょ?(笑) 
   もし潰れたら、カズが看病してくれるわよね!」
七星 「さあ。どうするかな」
カレン「カズも、あちこちから仕事の依頼が舞い込んでくるし、
   これからは有名人で引っ張りだこよ」
七星 「おいおい。それは大げさだな(笑)
   これまで通り何の仕事でも、
   依頼されたものをこなすだけだよ」
カレン「そっか。だから貴方って好き」
七星 「えっ」
カレン「どんな時でも偉そうぶらない」
七星 「みんなそうじゃないかな。
   うちのスタッフは」
カレン「ううん。貴方はみんなとは違う」
七星 「めったに褒めないカレンにそう言われると、
   やっぱり調子狂うな」
カレン「私、カズのことずっと前から好きなの。
   この間のキス、軽い気持ちじゃないのよ」
七星 「カレン……僕は」
カレン「私、本気よ。カズ」
七星 「ん!?……カレン、ちょっとすまない。
   話しの続きは後で」
カレン「カズ!」


パーティーフロアーに0時を告げる鐘の音が鳴り始め、
会場全体の雰囲気がさらにXmasムードに浸る。
北斗さんは、真剣な顔で見つめるカレンさんを、
照れくさそうに見ていたけれど、ある光景が目に入った途端、
そそくさとその場を立ち去ってしまったのだ。



(スター・メソッド、プロジェクション・ルーム)


パーティーフロアに隣接する部屋に、
一人で入っていく涼子さんの姿を見かけた北斗さんは、
彼女の様子が気がかりで、後を追って部屋の入り口で声をかけた。
北斗さんの優しい呼びかけにゆっくり振り向き、
か細く涙声で答える涼子さん。


七星「涼子ちゃん?
  こんな暗い部屋でひとり何してるの」
涼子「ご、ごめんなさい、お義兄さん」
七星「ん。どうした。何があった?」
涼子「どうしたらいいの?私。
  あの人のいちばん大切にしているカメラを落としちゃった。
  持ってろって言われてたから持ってたんだけど、
  これ壊れちゃったら仕事に支障でちゃうよね……
  どうしよう。流星に叱られるわ(泣)」
七星「ライカか。いいよ、僕がみるから」


北斗さんはオロオロする涼子さんに優しく微笑むと、
床のショルダーバッグを拾って肩にかけ、
彼女が持っていた流星さんのカメラを手に取る。


下を向いていた涼子さんは、
照れくさそうにちらっと北斗さんを見た。
間近に見る北斗さんに動揺したのか後ずさりしたが、
右足のヒールがラグに引っかかりよろめいてしまったのだ。
北斗さんは反射的に倒れそうな彼女を左手でグッと支えると、
右手にカメラを持ったままバランスを崩す。
そして彼女を抱きしめ、
庇ったままの姿勢でカウチソファーに倒れこんだ。
その反動で肩を強打する北斗さん。


七星「うっ……涼子ちゃん!
  大丈夫か。どこも怪我はない!?」
涼子「は、はい。すみません」
七星「こちらこそすまん。
  左手だけでは支えきれなかった」


上にいる彼女を退かそうとした北斗さんの腕を、
しっかと握りしめ、彼の動きを止めた涼子さん。
上に乗ったまま、寝そべった北斗さんを見つめている。


涼子「このままで居て」
七星「えっ(驚)でも」
涼子「お願い、お義兄さん。
  少しの間、このままで」
七星「涼子ちゃん。こういうの、良くないよ。
  もし、流星がみたら」
涼子「いいの。見られても。
  あの人は私を愛してないんだもの。
  家に帰ってきても、カメラと写真ばかり見て、
  私を見ようとしない。
  いつも仕事の話ばかりで……でも、お義兄さんは違う。
  仕事があっても私にいつも優しくしてくれる」
七星「それは、涼子ちゃんが流星の嫁さんで、僕の義妹だから」
涼子「カレンさんが、好きなの?」
七星「カレン?」
涼子「彼女と付き合うの?告白されたでしょ」
七星「えっ」
涼子「お義兄さんは私より、カレンさんに優しくするの?
  そんなの、嫌よ!」
七星「涼子ちゃん」
涼子「お義兄さん、私ずっと……」

涼子さんの震えながら訴える言葉は止まり、
彼女の顔がゆっくりと北斗さんの顔に近づいていく。
薄暗い部屋にあるXmasツリーのイルミネーションが、
赤に緑にとキラキラ輝き、
入口から差し込むシャンデリアの細い光が、
涼子さんの脱げたハイヒールを意味ありげに照らしていた。




運転をしながら浮城さんは、
記憶をたどって事の真相を話し始めた。
彼はその場に居なかった私にも解りやすく、
言葉を選びながら話してくれている。
話が進んでいくにつれ、私までビジョンを見ているような錯覚。
さっき大学病院のベッドで、
力なく横たわっていた涼子さんのか弱い寝顔が、
蠱惑的な美貌湛える印象に変わってしまうくらいだ。
それと同時に私の耳から、
浮城さんの声が次第に遠くなっていった。
憐憫とも愛情ともつかない北斗さんの行動。
これ以上変えることのできない真実を聞いて、
傷つきたくないという保護本能の表れか。
はたまた、日頃は腹の憶測に眠っている嫉妬心が、
むくむくと目覚めた証拠なのだろう。


横を見ると彼の口だけが動き、
車のエンジン音も、
スピーカーから流れる軽快なジャズミュージックも、
全ての音が私の中から、
消えてしまったような感覚に襲われていた。
浮城さんの車がお店の前に着いた時には、
奈落へ突き落されたような寂しさと焦りが、
私の全身を包み込んでいたのだった。


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