やっと私の願望が現実になるんだと、
込み上げる想いを実感していた矢先、
幸せ色のひと時を引き裂くように、
北斗さんの携帯がバイブと共に鳴りだした。
彼は上着のポケットから携帯を取り出し、
着信を見ると受話ボタンを押す。
それまで穏やかだった北斗さんの表情は一変、
とても驚き険しい顔に変わっていた。


七星「もしもし……
  はい、そうです……えっ!?……」



“百聞は一見に如かず”とはよく言ったものだ。
私の前だからか冷静を装いながらも、明らかに動揺している北斗さん。
声もいつもの落ち着いた感じではなく、
傍らで聞いていると内容のわからない私にも、
深刻な何かが起きていることだけは伝わってくる。
電話を終えて無言でじっと考え込んでいる北斗さんに、
私は間髪入れず何があったのか聞いてみた。



(JR池袋駅西口、ファストフード店アック前)


星光「あの、北斗さん。何かあったんですか?」
七星「あ、ああ。
  実は、前に話したことあると思うんだが、
  弟の嫁さんの涼子が居なくなったって。
  病棟の婦長さんから連絡があった」
星光「えっ!?病院から居なくなった……
  義妹さんはどこがお悪いんですか?」
七星「彼女は心臓に持病があって、
  最近体調がすぐれないから念のために検査入院させてたんだ。
  僕の仕事が不規則だし、四六時中傍に居てやれないから、
  病院なら安心だと思ってたんだが」
星光「そうだったんですか。
  北斗さん、そんな大変な時に私とデートどころじゃないですよ。
  私のことは気にしなくていいですよ」
七星「星光ちゃん」
星光「ひとりになるってとっても心細いものですものね。
  義妹さんはご病気をかかえてるから、
  余計に不安で心細くて、ひとりで居るのが辛かったのかも。
  もしかしたら自宅に戻ってるのかもしれないし、
  早く病院へ行ってあげてください(微笑)」
七星「(星光の腕を掴んで)いや。
  このまま星光ちゃんを帰したりしないよ」
星光「な、北斗さん?」
七星「当初の予定は変わってしまうけど、
  星光ちゃんも一緒に病院にきてくれないか?
  君さえ良かったら、涼子を探すのを手伝ってほしい。
  やっと君に逢えたのに、周りに邪魔されるのはもう耐えられない。
  星光ちゃん。僕と一緒に居てくれるかな」
星光「北斗さん……
  はい、わかりました。
  私も涼子さんを捜すお手伝いします」
七星「ありがとう。じゃあ、病院に行こう」
星光「はい」


甘えたい気持ちを押し殺し、物わかりのいい女を演じようと、
平気そうに振る舞っている私の手をぎゅっと握り、
私の心を見透かしているのか、
じっと緩んだ目で見つめる北斗さんにドキッとした。
どんどん心拍数は増加して、まるでメトロノームの様に揺さぶり音を刻む。
北斗さんは緊張したままの私の手を握り、
車を停めていたパーキングへと足を向ける。
神殿館の駐車場以来となる助手席に座り、
私たちは一路新宿の総合病院へ向かったのだった。



(東京都豊島区南長崎、スーパーCCマート店内)


店で品出し作業をしている風馬は、
慣れた手つきでパック詰めの鮮魚を小ケースに並べていた。
入社したばかりとは思えないほど、彼はテキパキと仕事を熟していく。
その頼もしい風馬の姿を、パート女性陣は惚れ惚れした顔で見ていたが、
夏鈴さんだけは違っていた。
誰から見ても分かるくらい不機嫌な様子で、商品を棚に並べている。
風馬はそんな夏鈴さんの異様な姿を、動きながらも観察していて、
ちらっと彼女に視線を向けていた。
そうこうしているうちに夏鈴さんは作業を終え、空の段ボールを抱え始める。
話す機会を伺っていた風馬は、段ボールを持っていくために、
従業員通路に向かおうとした彼女を呼び止めた。


風馬「夏鈴さん」
夏鈴「なに?」
風馬「あれから、星光となんかあったんですか?」
夏鈴「えっ。どうしてそんなこと聞くの?」
風馬「今朝、食堂で見ちゃったんで。
  ふたりの気まずそうな雰囲気」
夏鈴「そう。だったらそうなのかもね」
風馬「もしかして、昨夜の俺が原因ですか?」
夏鈴「いいえ。風馬さんは関係ないわ。
  能天気なキラちゃんと、
  無責任男の北斗っていうカメラマンに腹が立つだけ」
風馬「北斗?
  夏鈴さん、あいつと星光のこと知ってるんですね。
  二人はうまくいってるんじゃないんですか」
夏鈴「うまくなんて。
  そう思ってるのはキラちゃんだけよ。
  あの男には一緒に住んでる女が居て、
  同じカメラマン仲間にも訳アリ女がいるっていうのに、
  電話があったら、喜び勇んで会いに行っちゃってさ」
風馬「えっ」
夏鈴「風馬さんさ。
  わざわざ九州からここに来たのは、
  キラちゃんの両親のことだけじゃないでしょ」
風馬「なっ(焦)なんでそんなこと言うんですか」
夏鈴「ただの幼馴染が、1000㎞も離れてるこの街に会いに来る?
  福岡での仕事だってあったはずなのに、
  転職までして同じ会社にこうやって勤めてさ」
風馬「……」
夏鈴「キラちゃんの両親のことだけを伝えるために来たなら、
  わざわざ転職する必要もないわけだしね」
風馬「そ、それは……」
夏鈴「傍で見てると、風馬さんがキラちゃんを見る目、
  ただの幼馴染って感じには思えないのよ。
  もしかして、本当は深い仲だったりして」
風馬「いや、別に俺たちの間には何もないっていうか」
夏鈴「本当は彼女のこと好きなんじゃないの?
  キラちゃんと私はお互い隠し事なしに仲良くしてるんだから、
  私には遠慮せずに本当のこと言っていいのよ」
風馬「いえ……あいつのことは好きっていうか、
  あいつは、星光は、俺にとってむちゃ大切なやつなんです」
夏鈴「そっか。だったら尚更彼女をずっと支えてあげてよ。
  あんないい加減な男にあっさり渡すんじゃなくて」
風馬「でも、俺にはもうどうすることもできないです。
  夏鈴さんの言うことが図星だったとしても」
夏鈴「どうすることもできないってどういうこと?
  とにかく、風馬さんの気持ちがどうであれ、
  あの男と関わらせることだけは阻止したいの」
風馬「夏鈴さんは何故そんなに星光と北斗さんとのことを?」
夏鈴「それは、あの男の実態を知ってしまったから。
  毎晩、フォトブックを抱えて泣いてた彼女を見てずっと辛かったわ。
  私、キラちゃんの親友として北斗七星だけは許せないの」
風馬「毎晩泣いてた?
  (あいつ、うまくいってたんじゃないのか)」
夏鈴「風馬さんがキラちゃんのことを大切なら、
  私に協力してくれないかな。
  北斗さんとキラちゃんを引き離すの」
風馬「夏鈴さん」


夏鈴さんの怒りと憤りのこもった言葉と、
思いもしなかった私の現状を聞かされて、
風馬の中で、一度は諦めた淡い恋心がじわじわと再熱する。
それは、北斗さんに対しての敵対心と、
私ともう一度向かい合いたいという願望の炎でもあった。



(東京都新宿区、TM大学病院)


病院へ到着した北斗さんと私は、本館4階にある循環器病棟に向かう。
静かな院内とは対照的に、一か所だけ慌ただしい病室があった。
看護師さん数名がナースステーションと病室を行ったり来たりしている。
北斗さんも異様な光景を目の当たりにして急に立ち止まった。
そこへストレッチャーに乗せられた涼子さんが病室に入り、
その後を主治医の高橋先生が入っていく。
そんな慌ただしい様子を伺っていた私達の背後から、
北斗さんの名前を呼ぶ女性の声がした。
穏やかで落ち着いたその声とは。



古賀「ああ、北斗さん。
  やっと来られたのね」
七星「古賀婦長、遅くなってしまってすみません。
  あの、妹は大丈夫なんでしょうか」
星光「(ん?……今、古賀って言った?)」
古賀「ええ、安定していますよ。
  今はお薬が効いて眠っていますけど、
  倒れた時に怪我をされたようで、頭部を3針縫っています。
  出血も少なかったですし、大事には至らないと思いますけどね」
七星「そうですか……」
古賀「とにかく発見が早かったからよかったわ。
  念のため、頭部CTを取りましたから、
  診察後に先生から詳しいお話があります」
七星「はい。ありがとうございました。
  本当にご迷惑をおかけしました」
古賀「では、失礼しますね」



病状説明をした婦長さんは私達に一礼すると、
ナースステーションに向かう。
その凛々しい白衣の後姿を、私はじっと見ていたけれど、
無意識に彼女の後を追って歩き出した。
ゆっくりだった足はどんどん早くなり、
婦長がナースステーション内に入ろうとした瞬間、
思わず叫んでしまったのだ。
大粒の涙と共に。


星光「あの!婦長さんのお名前は、
  古賀、古賀美砂子さんですか?」
古賀「えっ?はい、そうですけど。
  貴女はどなたかしら」
星光「やっぱりそうだ……
  私、星光です。
  濱生星光、貴女の娘です」
古賀「……濱生。
  星光……本当に星光なの!?」



予想だにしない母との邂逅で涙する私の様子に、
北斗さんも呆然としている。
その時、病室から大きな荷物を背負った大柄の男性が出てきたのだ。
北斗さんは私達から目線を反らし、
その男性を食い入るように見つめていたが、
それが誰であるかわかったと同時に、
驚きの形相は瞬時に怒りに変わり険しくなる。
そして北斗さんの存在に気がついたその男性も、
じっと凝視していたけれど、北斗さんに向かってゆっくり歩いてくる。
ごっくんと唾を飲み込んでしまうほどの緊迫感が、
北斗さんとその男の間に漂い、重苦しい空気が北斗さんを襲う。
目の前に立ちはだかった大男は、不敵な笑みを浮かべてこう口を開いた。



流星「よぉ!兄貴。久しぶりだな」
七星「流星……」


偶然にも同時に起きた、ありえないダブルバッティング。
敵のように睨み合うふたりと、涙に目を潤ませるふたり。
院内アナウンスが響き渡る廊下で、
複雑で大きなふたつのドラマが始まったのだった。

(続く)


この物語はフィクションです。