はぁはぁと息を切らしながら、展示会場へ辿り着いた私達。
全速力で走ったからか、
それとも待ちに待った北斗さんと感動のご対面を期待するからか、
私の鼓動はすごい速さでリズムを刻んでいる。
夏鈴さんは息を整え、
入り口の喫煙所に居た男性に声を掛けた。
するとタバコを揉み消した彼が優しく受け答えしてくれたのだ。



(神社神殿館、写真展会場受付)


夏鈴「すみません。まだ観覧できますか?」
浮城「ええ!大丈夫ですよ。
  パンフレットです、どうぞ」
夏鈴「ありがとうございます。
  あの、もうひとつお聞きしたいんですけど」
浮城「はい、なんでしょう」
夏鈴「今日こちらに、
  北斗七星さんっていう写真家の方いらっしゃいますか?」
浮城「ええ。北斗ならいますよ。
  良かったら案内しますよ」
夏鈴「本当ですか!?ありがとうございます!
  キラちゃん、やっぱり来て良かったね!
  やっと北斗さんに会えるよ」
星光「ええ!」
浮城「こちらです(笑)」
夏鈴「はい!行くわよ」
星光「はい」


痛いくらいに感じていた胸の高鳴りは、北斗さんが居ると聞いた途端、
最高潮に達して身体の奥からあふれ出てくる喜びに変わっていく。



(神社神殿館、写真展会場)



カレンさんはロングヘアをかき上げて北斗さんの傍に近寄り、
椅子に腰かける彼の前に行くと、ゆっくり跨ぐようにして、
彼の膝の上に向かい合わせに座った。
そして、両腕を北斗さんの首にしがみ付き、
唇をゆっくり彼の顔に近づける。



七星 「ふん。写真の世界じゃアバンギャルドな写真家が、
   ウイットの勝負ではこんな古典的なやり方をするんだな」
カレン「えっ」
七星 「男を落とす時はいつもこうやって、
   相手を動けないようにして攻めてるのか」
カレン「違うわよ。このやり方はある特定の人物限定。
   他の誰でもない、カズだけに決まってるでしょ?」
七星 「そうだとしたら、やり方間違ってるな。
   僕が一番靡かないやり方だ」
カレン「何よ!靡かないんじゃなくて、ただ臆病なだけでしょ!
   まだ一緒に居るの?涼子さん」
七星 「ああ。居るけど?
   それがこれと関係あるのか」
カレン「大ありだわ!
   カズがやってることは絶対おかしいわよ。
   彼女のこと、カズにはまったく関係のないことでしょ!?
   自分の将来とか考えたことないの!?
   恋愛とか結婚とか!」
七星 「そんなことこそ、大きなお世話だな」
カレン「まだクリスマスの夜のこと気にしてるのね。
   あれは不可抗力でしょ」
七星 「すまないが、どいてくれないか」



カレンさんは北斗さんの腿に跨ったまま、悩殺的な眼差しで直視する。
まるで狙った獲物を捕らえる黒豹のような鋭い眼光。
ぐいぐいと強く押し迫る口調で言葉を次々と投げかけていたけれど、
北斗さんはそれとはまったく対照的で、とても冷めた瞳で彼女を見つめ、
視線を反らすと悲しそうな溜息をついた。
そんな大人な駆け引きが起きているとは知らず、
北斗さんの同僚である浮城さんに案内されて、
私と夏鈴さんは会場に入っていったのだ。
会場に入ってすぐ、私たち三人の視界にその光景は飛び込んできた。



星光「北斗さん……
  (何、この光景……北斗さんの傍にいる女性は誰!?)」
夏鈴「キラちゃん。彼が北斗さんだよね。
  あのケバイ女なんなの!?
  もしかして、この間見た女性があの人!?」
浮城「おい!!お前ら何やってんだ!
  カズ!お客さんだぞ!」
七星「えっ……星光さん!?」


目の前に見ている彼の姿は、デジャ・ビュのようにも見えた。
だけど、二週間前に北斗さんの自宅前で見たビジョンを確実に上回るもので、
さっきまで心にあった期待や喜びを完全に打ち消した。
パンフレットを握りしめる私の両手は悲しみに震え、
夏鈴さんはそんな私の心の痛みを感じ取ったのか怒りを露わにする。
そして二人を見た浮城さんも動揺を隠せず、思わず大声で呼びかけた。
その声に驚いたように振り向いた二人だったけど、
微笑のカレンさんは澄ました顔でゆっくり北斗さんから離れる。
一方の北斗さんは、私の姿を見て吃驚し立ち上がり、
安堵の笑みを浮かべながら、私たちの方へ近寄ってきたのだ。



毎晩フォトブックを抱え、失った寂しさに泣き暮れていた私。
ずっと逢いたいと懇願していた北斗さんが目の前に居て、
今正に私の傍にこようとしている。
なのに真面に彼を見ることもできず、気の利いた言葉も浮かんでこない。
ただとても居心地が悪くて、どう接して良いかも判らなくなった私は、
この息苦しさから逃れる為に、溜まらず無言で会場から飛び出した。
それを見た北斗さんは、静止するカレンの腕を跳ね除けて追いかける。



七星 「星光ちゃん、待って!」
夏鈴 「キラちゃん!」
浮城 「カズ!」
カレン「あら?あれは訳アリの関係かしら?
   うふふっ(笑)何だか面白そうじゃない」
浮城 「カレン!笑い事じゃないぞ。
   お前ら、仕事中に何やってるんだよ!
   ああいうの絶対に良くない!
   それにカズには大切な女性がいるんだから」
カレン「はい?大切な女性が居るからなんなの。
   それにこれはカズと私の問題で、浮城ちゃんには関係ないでしょ?」
浮城 「関係ないって なんだよ」
カレン「私の恋人じゃないんだから、至らない詮索は止めて。
   私がカズとどういうコミュニケーション取ろうと、
   誰にも迷惑かけないんだから」
夏鈴 「いえ!迷惑大アリだわ。
   キラちゃんの再会の邪魔して!」
カレン「ちょっと。いきなりやってきて貴女達はいったい何者?」
夏鈴 「それは私のセリフよ!」
カレン「何!?生意気な子ね!」
夏鈴 「あんたと言い合ってても時間の無駄だわ!
   あの、浮城さんでしたっけ。
   私は仲嶋夏鈴と言います。
   いきなり不躾なお願いで申し訳ないんですけど、
   北斗さんの大切な女性のこと詳しく教えてもらえませんか?」
浮城 「えっ!」


夏鈴さんは私のために、
必死で北斗さんに関する情報を聞き出そうとしている。
それは私の悲しみを終わらせたいという気持ちからで、
彼女が私に向けてくれるその心根がとても嬉しくありがたい。
そんな夏鈴さんを会場に残したまま、
自分のことしか考えられない心の狭い私は、
神社の石畳を闇雲に走っていた。


星光「(お願い!追いかけてこないで。
  もう辛い想いなんてしたくない!)」
七星「星光ちゃん!ちょっと待って!」


全速力で走っているのに、なぜか足が思うように動かない。
気持ちばかりが焦ってしまって身体が前に進まない。
そしていつの間にか降り出した雨が、見る間に大粒に変わっていき、
逃げる私の身体を容赦なく濡らして、どんどん身体を重くしていく。
それでも人ごみをかけきわけながら、とにかく神殿館から離れようとした。
しかし大鳥居をくぐったところで、
追いついた北斗さんの手が私の腕を捉える。
そして大鳥居の石柱に私の身体を押し付け、私の動きを止めた。


七星「星光ちゃん、頼むから逃げないで!」
星光「放してください!」
七星「話があるんだ!僕の話を聞いて!」
星光「私は話なんてないです!
  お願い、放して」
七星「星光ちゃん……逢えてよかった。
  ずっと待ってたんだ。
  君からの連絡をずっと待ってた。
  僕は君をずっと探してたんだよ」
星光「北斗、さん」
七星「ずっと探してた。
  逢いたかった……」
星光「北斗さん……」



彼は両手で私の腕を掴み、自分の胸の中に引き寄せて力強く抱きしめた。
抱きしめる北斗さんの身体は微かに震えてる。
街灯に照らされた北斗さんと私。
シャワーのような真夏の大雨に打たれながら無言のまま、
お互いの体温と心臓の鼓動を感じていたのだった。


(『君を訪ねて……』P12)

 『それはエポック 何かの瞬間にやってくる
 君の目の前にある世界が  想像を絶する光景だったら
 君はそれをまるまんま信じ諦めるのかい?
 もし見開いた両目に飛び込んできた景色が
 自分の望んでいるパノラマと違っていたとしたら
 静かに目を閉じ深呼吸して  もう一度直視してごらん
 そしてその世界の住人と向かいあってごらん
 きっと君の居るべき世界がどこなのか
 君が行く道に躊躇しているなら 指示してくれるはずさ
 遠回りなんてしてないさ 
 変化を恐れず  過ぎ去る悲しみに屈することなく
 現実をしっかり受け止めてごらん
 きっとこれでよかったと思う君が そこにはいるはずさ』


(続く)


この物語はフィクションです。