私は言われるがまま、
敦くんの後を追いかけるように坂を駆け下りる。
彼の話しぶりと流星さんの10件以上の着信。
高波のように押し寄せ襲ってくる、なんともいえない胸騒ぎは、
駆ける速度を加速させ、私は息を切らし“なごみ”へ戻った。


ゲストハウスにたどり着くと同時に、
握りしめた携帯がバイブ音と共に鳴りだした。
見ると電話の主は、やはり流星さんだった。


星光「もしもし!流星さん!?」
流星『やっと繋がった!星光ちゃん!今どこに居る!』
星光「今“なごみ”に戻ってきたの。
  流星さん、着信に気がつかなくてごめんなさい!」
流星『俺ももう着く』
星光「えっ?」


携帯を耳につけたまま、道路の切れ間を見ていると、
見覚えのあるシルバーの4WDが、
こちらに向かって走ってくるのが見える。
そして駐車場に着くなり運転席のドアが開き、
飛び降りるように流星さんが出てきた。
私は携帯を切って畳みながら走ってくる流星さんを出迎える。
彼の顔にはいつもの穏やかな笑みはなくとても深刻そうだ。


(福岡県糸島。ゲストハウス『なごみ』)



流星「星光ちゃん!今からすぐ出かける支度して!」
星光「えっ!?出かけるって」
流星「3、4日分の着替えと必要な物を持ってだ。
  支度が済んだら俺と空港へ行くぞ」
星光「流星さん、ち、ちょっと待ってよ。
  いきなり空港って、私、まだ仕事が」
流星「仕事どころか!!兄貴が大変なんだ!」
星光「えっ……七星さん。
  七星さんがどうかしたの」
流星「詳しいことは車の中で話す。
  つねさんと敦くんには、俺から事情を話してあるから、
  とにかく急いで支度して、一緒に東京の本社へ行くんだ!」
星光「東京。スターメソッドの本社……」


茫然とする私の手を流星さんは力強く掴んで、
建物の中へと連れていく。
縺れる足で靴を脱ぎ、手すりを頼りに階段を上がり、
自分の部屋へ戻った私は、押入れからバッグを取りだした。
無造作にチェストから服を取り、
デスクの上のフォトブックを手に握りしめる。
荷造りしながら頭の中では収集がつかないほど、
いろんな感情が渦巻いた。
見えない不安、失う憂思、悪夢を見ているような恐怖。


星光「(撮影中に怪我をしたの!?
  もしかして病気になって倒れた。
  それとも…何か事件に巻き込まれたのかもしれない。
  だって外国だもの。
  そういうことがあったって不思議じゃない!
  七星さん、お願い!無事でいて)
  私はまだ、貴方に言えてないことがたくさんあるのに……」


考えれば考えるほど、彼と過ごしたビジョンと一緒に、
力を無くした彼の最悪のビジョンまで浮かんできて、
キャリーバッグに荷物を押し詰める手が震えて止まらない。
二階に駆け上がってきた敦くんは私の部屋に入るとすぐ、
私に声をかけて荷物を持って下りた。
私も涙を拭いて、フォトブックの入ったバッグを抱えると、
流星さんの待つ玄関へ向かったのだ。




空港へ向かう車の中で、七星さんに起きた大変な出来事を聞く。
走り出してすぐ、
流星さんはまっすぐ前を向いたまま無言で運転していたのだけど、
徐に問いかけると、大きな溜息のあと話し出した。
私はその内容に息を飲む。



星光「流星さん。七星さんに、何があったんですか」
流星「ふーっ。星光ちゃん。
  今から話すけど取り乱すなよ」
星光「は、はい」
流星「兄貴は……
  今週始め、マルセイユにある小さな島、
  イフ島へチャーター船で出かけた。
  兄貴を含めた撮影クルー5名、観光ガイドと通訳、
  クルーザーの船長の8名でだ。
  その船が、マルセイユ沖で遭難した」
星光「えっ……遭難!?」
流星「今回マルセイユでやってる撮影は、
  依頼先のKTSの仕事でイフ城を含む古城撮影だった。
  マルセイユには4つの島があって、
  兄貴たちが向かったイフ島、
  それからラトノー島とポメーグ島が繋がった、
  フリウル島とティブラン島がある。
  世界遺産や美術館巡りもできる有名な観光地だし、
  遊覧船ツアーだってあるくらいで、
  いつもはそんなに上陸の難しい場所じゃない」
星光「はい……」
流星「でも、その日は天候が急に変わったらしく、
  現地社員に聞いたら波も高かったらしいんだ。
  通常イフ島は大陸から20分から30分でたどり着く距離だけど、
  島の海岸線は岩礁に囲まれていて、
  強風や波が高い時はイフ島には寄港できないんだ。
  それで、もし寄港できない時は、
  その先のフリウル島へ直行する予定にしていたらしい」
星光「そ、それで、
  七星さんや一緒だった皆さんの安否は!?」
流星「まだ詳しい情報が入ってこないんだ」
星光「そ、そんな……」
流星「神道社長や東さんが必死で安否確認をしてる。
  ドイツに居る浮城さんとカレンも、
  真相を確かめてるためにフランスへ飛んでるはずだ」
星光「七星さん……」
流星「俺。先週、兄貴に電話したんだ。
  どうしても兄貴の身の上が気になって。
  こんなことになるなら、はっきり行くなと止めるべきだった。
  そういうことだから星光ちゃんも、
  本社に着いたらすぐ神道社長に会って話を聞くんだ。 
  翌日、東さんと一緒にマルセイユへ行く。いいね」
星光「はい」
流星「兄貴は昔から悪運の強い男だ。
  今まで何度か危ない目にあっても何とか切り抜けてきて、
  何度もこういう修羅場をくぐって生きてきた」
星光「流星さん?」
流星「それに、みんなライフジャケットも身に着けてるはずだ。
  潜水道具だって積んで出てるはずで……
  あれだけ泳ぎも潜りも達者な兄貴なんだ。
  こんなことくらいで簡単にくたばるはずがないだろ!」
星光「うっ(泣)」
流星「くそっ!!くっ…そぉ……」


焦燥する流星さんはハンドルを2、3回叩き、
乱れる心を取り除くように叫ぶ。
それでもすすり泣く私の声を聞きながら、
流星さんは私を安心させようと気丈に話し続けた。
頻りに私を気に掛ける流星さんの声も、
事の重大さから震えているように聞こえる。  
都市高速道路を走り福岡空港へ向かう4WDの車内は、
深淵の悲哀と切ない苦痛が取り巻いていたのだ。

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