世界にたった2冊しかない写真集を抱えて、
泣きながら眠った日から二か月が経過した6月の後半。
ゲストハウス“なごみ”に新しいオーナーがやってきた。
それは“なごみ”に食器を提供している地元の陶芸家で、
髪はブロンドで背は高く、透き通るような白い肌をした綺麗な女性。
見た目からすぐ彼女がハーフだと分かった。
つねばあちゃんは彼女を“琥珀(こはく)ちゃん”と呼んでいた。
彼女の登場は、私がこの糸島から離れることも意味していて、
必然的に私は両親の住む東京に戻ることとなるのだ。
北斗さんや流星さんが気に入っていた“なごみ”が無くなる日。
つねばあちゃんとの思い出だけでなく、
北斗さんとの思い出の詰まった唯一の地から離れる寂しさ。
オーナーの雰囲気から今の“なごみ”が、
昔ながらの面影を無くすことは目に見えて分かり、
また一つ私の居場所が無くなっていくのを感じていた。



そしてフランスマルセイユでは、
一心不乱に撮影をこなしている北斗さんの姿があった。
そして1時間後、七星のいる撮影スタジオに東さんがやってくる。
サプライズの訪問に北斗さんは驚きを隠せない。 

光世「よお。七星」
七星「光世!北海道の仕事はもう終わったのか?
  いつ渡欧したんだ」
光世「昨日こちらに着いた。
  北海道の仕事は、かなり根岸が頑張ってくれたから、
  お蔭で早めに終わったんだ」
七星「そうか」
光世「どうだ。こっちの撮影は順調にいってるか?」
七星「まぁな。でも、言葉がな。
  俺は光世と違ってフランス語がうまくしゃべれないから、
  常に通訳同行で仕事してるよ」
光世「そうだったか。
  実はな、お前にもうひとつ仕事をしてほしくてここに来たんだ」
七星「おいおい、勘弁してくれよ。
  今でさえ、いっぱいいっぱいなんだ。これ以上仕事を増やすなよ」
光世「大丈夫。新しくカメラマンを3人入れるし、
  そのうちドイツ語・フランス語・英語、
  三か国語話せる語学堪能な奴が2人居るから仕事は楽だと思うが」
七星「そうなのか。
  そういうことなら……とりあえず詳細を聞こう」
光世「ああ。
  きっとお前のカメラマン人生でも、これまで生きてきた中でも、
  今回の話はサイコーに高揚する内容だと思うけどな」
七星「えっ。それはどういう意味だ」


突然の東さんの訪問と持ち込まれた話に北斗さんは驚き、
すぐさま渡された資料に目を通した。
その驚愕的な内容と予想外な話は、
ずっと止まったままになっていた北斗さんの時計の歯車を動かす。
ぎしぎしと音を立てながらゆっくりと動き出した心の歯車は、
私達の未来の秒針を徐に進めるのだった。


(続く)


この物語はフィクションです。