「テツヤから預かった絵を、壊したりするわけない」
マリの声に、テツヤは満足げに笑う。
「……ほら、やっぱ嘘ついてたの先生なんじゃん?」
教師は体をびくつかせる。
「あの時、俺の出品作を台無しにしたのはマリだって、先生、俺に言ったよね」
「え?」
教師は目をそらす。あの時がいつを指しているのか気が付いて、マリはテツヤに掴みかかった。
「私、そんなことしてない」
「うん。そうだと思うよ。でも、信じきってはなかった。俺、マリが俺の絵をにらんでいるの、何度も見たことがあったから」
敵わない才能が羨ましかった。
どんなに努力しても届かない何かがマリとテツヤの間にはあったから。
「マリを疑ってた。でも好きだったから問いただせなかった。その不信感がモノクロの絵を描かせたんだ。皮肉なことにその絵で人気が出てしまって、俺はその路線を突き進むしかなかった。方向性を変えて、人から見向きもされなくなることが怖かったんだ。だからマリにも問いただせなかった。でもマリを手ばなすこともできなくて、ずるずる十年経っちゃって」
モノクロの絵は彼が書き続けた心の闇。
疑念は疑念のままにすることで描けたもの。
「この間、先生が来たんだよね、アトリエに。マリとどうなっているのかって。マリとの見合いの話があるからって」
「先生が?」
「先生は俺に身を引けって言いに来たんだ。マリに不審を抱いているようでは結婚なんてできるはずがないだろうって」



