「私には絵の才能がなかった。本当言えばずっとテツヤに嫉妬してきました。でも私、それ以上に彼のことが、彼の絵が好きなんです。離れられるならとっくにやってます」
心はもう傷だらけだ。
それでも捨てられないのは、彼に、彼の絵に、とらわれてしまったからなんだろう。
彼女がそう言い切ったとき、緩やかな音とともに光が舞台の後方のスクリーンにキラリと光った。それはだんだん大きくなり、トレンチコート姿の男の影を映しだした。
「……ただいま」
声のした方にふたりは顔を向ける。
長いトレンチコート。唯一自己主張するベレー帽。テツヤは出て行った時と同じ顔でへらりと笑った。
「センセ、マリはあげないよ」
「……彼女はものじゃない」
「そんなこと知ってるよ」
テツヤはマリのそばに近づいて、キャンバスを受け取った。
「マリ、ずっと持ってた?」
「うん」
マリは、教師の存在を気にしつつ、彼を見つめる。
「言葉の意味、分かった?」
テツヤがキャンバスの木枠を指さす。マリは小さく首を振った。
青い手毬。
自分に関係がありそうな気はしたが、明確な答えには行きつかなかった。
「分からないのに、良く待てたね。捨てようとか、壊そうとか思わなかったんだ?」
再び首を振る。
確かにこの黒いだけの板に魅力は感じていないけれど、捨てようとは一度も思わなかった。



