「何言ってるんですか」
ふさわしくないのは、自分の方だ。
凡人だから、誰にでも愛想よくするしか生き抜けない。テツヤのように、自分の思いを形にすることで世間を渡っていくようなことはできない。
でも本当は彼のように生きたかった。
一緒にいるとまぶしくて、悔しくて、それでも大好きで。
「彼は帰ってきます」
「どうしてそう言い切れる? 彼は君を置いていったんだ。もう、待つのはやめたらどうだ。見合いの話が来てるんだろう?」
マリには、先生の声が暗い洞から響いたような気がした。
どうして、誰にも言ってない見合いの話を、先生が知っている?
「どうして知っているって顔だね」
訳知り顔で、教師が一歩前に出る。マリは対応するように一歩下がった。
「キミの見合い相手が僕だからだよ。ちゃんと写真くらい見たらどうだい」
見合いの話は両親から口頭で聞いただけだった。
“マリを気に入ってくれた人がいてね。歳は少し離れているけど、アンタを不安にさせるような男よりずっといい”
その話の内容を詳しく聞いたことはない。
言われるたびにぐらつきそうな自分が怖かった。
教師の言葉はマリを傷つけた。だけど思い出させてくれたこともある。
「確かに彼は私に嘘はつきません。……だから、帰ってきます。見合いなんてしません」
マリが教師をにらみながら言い切ると、彼は意外だという顔をした。
“帰ってくるまで待ってて”と確かに言ったのだ。
この黒い画板を持って、いつまでも待てと。



